2011年02月17日

友引ツーリングクラブ3

 康平と梨花が本堂にあがって行くと、坊主頭のなんともまあ人相の悪い男たちが五人いた。高い天井には金色のシャンデリアみたいのが下がり、正面からはこれまたまばゆいばかりに光った仏像が上から目線で見ている。
「しらみやさん。仏さまの前でよくそんなバカなこと言えますね」
 梨花がしらみやをにらんだ。
「あのねえ、そんなに固く考えない方がいいよ。仏様の一番大事な教えはねえ、正しさをつらぬくことじゃなくてねえ、なにものにもこだわらないことなんだよ」
 しらみやはサーカスのピエロみたいに両手を広げた。梨花が立ち上がったので康平が止めた。
「ねえ。梨花ちゃん。ぼくたち、しらみやさんと、けっこう古いつきあいだけど、弁財天様見せてもらったことないよね」
 康平が話をかえたので、しらみやが乗ってきた。
「特別に見せてあげようねえ。ついてきて」
 しらみやは、仲間の坊主たちをほったらかしたまま仏像の裏へ二人を連れていった。薄くらい通路を通って仏像のうらまで来ると、天女のような姿の女神像があった。羽衣のようなものを身にまとっている。遠くを見るような澄んだ目はどこかさびしそうだった。
「どこかで、会ったことがある。この女神さま」
 梨花が思わずつぶやいた。
「当寺。自慢の秘仏、弁財天さまだ。あんまり美しいから夢でみるよ」
 しらみやが言って、今度の仲間の坊主の方に戻って行った。明日の午後、問題のマンションに出かけて行く事になった。梨花と康平も現地で合流することを約束した。

 あくる日の午後、梨花と康平は豊川駅で待ち合わせした。康平が自転車で待っていると、自動車学校のマイクロバスが止まって梨花が降りてきた。
「あれ。もう自動車学校行ってんだ」
 康平が声をかけると梨花はいたずらっ子みたいな笑顔になった。
「ねえ、康平。後に乗せてよ。一度やって見たかったんだ。自転車の二人乗り」
 言うが早いか自転車の後に乗ってしまった。これには康平が驚いた。これまで、梨花にはいつも姉か先生のようにたしなめられることが多かった。ふりかえる康平に梨花が言った。
「オマワリさんがいたら、さっと降りてすまして歩くよ」
 梨花に言われて康平は自転車をこぎ出した。坂を下りてバイパスを越えて走る。春の風はまだ冷たい。梨花は康平の背中に巻いた手に力をこめた。
「私ねえ。横浜行くのすごく楽しみだけど、ちょっといや。だって、今までみたいに康平と会えなくなるもん」
「でもさあ、電話もメールもあるんだし、夏休みとか帰ってくるんだろ」
 康平は前を向いたまま答えた。
「そう言うんじゃなくて、私も康平も今のままじゃなくて、変わって行くんだろうけど、そこはきっと楽しいこともいっぱいあるんだろうけど、その世界には康平はいなくて。康平の世界には私はいなくて、そう言うのがどんどん広がって行くんだよ。そのうち、さびしいとも思わなくなるんだよ」
 梨花のことばに、康平はくすぐったさを感じながらペダルをこぐ足に力を入れる。
「そんな風に思わなかったらいいよ。横浜と奈良なんて新幹線で京都まで出たらすぐだよ」
 康平は梨花のことばが飲み込めなくてそんなことを言った。
「だから、そういうことじゃなくて、こんな風に体中で康平を感じたいの」
 梨花は康平の背中に顔を押し付けた。康平はだまってペダルをこいだ。
 東名高速の下をくぐると、低い山の中に真新しいマンションが建っている。しらみやのオンボロバイクが止まっていた。
「おそくなりました」
 康平と梨花が自転車を置いて歩くと、しらみやが背広の男と出て来るところだった。
「いやあ、待ってたんだよ。この子たち、若いけどすごい霊能者なんですよ」
 しらみやは、康平と梨花に目で合図しながら背広の男に二人を紹介した。いつもならここで梨花が爆発するところだが、今日の梨花はおとなしかった。二人が頭を下げると今度は背広の男を紹介した。
「この人はねえ、ここのマンションを建てた会社の社長さん。大変困っていらっしゃるからねえ、君たちに力を借りてお助けしたいんだ」
 しらみやが言うと、背広の男は上目使いに見て頭を下げた。あいさつを終えると背広の男は先にたってエレベーターに乗った。しらみやと、梨花、康平もあとに続いた。
 一番上の階で降りるとガラスごしに本宮山がきれいに見えた。
「いやあ。いい眺めですねえ。本宮山がこんなに近く見える」
 しらみやが口を開いた。
「そうでしょう。じゃあ、こちらの部屋へどうぞ」
 背広の男が鍵を開け、一つの部屋に入ると廊下越しに大きな窓が見えて、その窓いっぱいに石巻山が見えた。
「すごい。ぜいたくな部屋で人気があるんですが、毎年、夏になると化け物のうわさがたって出て行っていますんです。今もここは空き部屋になっています」
 背広の男はおおげさにため息をついた。
「私たちがなんとかしますよ。任せてください」
 しらみやが康平と梨花の顔を見てから背広の男に言った。




Posted by ひらひらヒーラーズ at 00:55│Comments(0)
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