2011年05月23日

友引ツーリングくらぶ(旅立ち)

 梨花と康平は豊橋駅でコインロッカーに旅行バッグを入れて路面電車に乗った。奈良と横浜、それぞれ新しく借りたアパートに大きな荷物は送ってある。とりあえずの着がえと読みかけの本、洗面道具ぐらいをつめこんでの手荷物だった。
「市電に乗るのってはじめてだな」
 梨花が窓から外をながめて言った。
「電車が信号で止まるのっておもしろいよね」
 康平も身を乗り出す。忙しそうに走る車が追い越していく。この人たちにもそれぞれ、悩みがあったり、寂しい思いがあったりするんだろうか。康平は、少し前に巻き込まれた事件を思った。悪は警察につかまったとは言え、まわりで不思議なことは続いている。いつか聞いたヌエのことも気にかかった。
 市役所につくと、エレベーターで13階の展望レストランへ行った。窓際の席に案内されると梨花は三河湾、康平は石巻山を背中に負う形に座った。
「ねえ、見て。豊川が大きな龍みたい」
 梨花が指さす。康平が斜めにふりむくと、中学校越しに豊川がくねりながら上流に向かって細くなっていくのが見えた。キラキラ光る水面は小さく波立ってウロコのようだった。
「あれが、本宮山だね」
 梨花が指をさした。康平はうなずいてから石巻山を見た。
「あれが石巻山で、豊川の上流には鳳来寺山があるんだ。ぼくたち、今日まで3つの山に囲まれていたんだ」
 康平が言った。二人は食事をすませると展望ラウンジに出た。
「なんかさあ、私、この豊川とか豊橋とか出ていくのって、康平と離れることそのものみたいな気がする」
 梨花が言った。
「ちょっとさびしいけどさあ。なんかあればすぐに帰れるし、携帯もあるし」
 康平はとちゅうで言葉をとめた。梨花の目に涙がたまっていた。じっと康平を見ている。
 康平は梨花の肩を抱いた。
「今がだいじなの。康平とこうしている今が、遠くなっちゃう」
 康平は梨花の胸の鼓動を感じた。ドクンドクンと伝わる波はいつか康平に鼓動と重なった。




Posted by ひらひらヒーラーズ at 08:19│Comments(0)
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