2011年07月15日

海の道(仮題)4

 大津の皇子は昼の間は帆を張って東をめざし夜は船の上で眠った。そして3日目に波静かな入り江に入った。船を岸に乗り上げ歩き出す。人の背ほどもある草の中に獣道がある。草の中で肩幅の広い男が鎌で草を刈っている。
「すまんが、少し物をたずねるが、よいか」
 大津の皇子が声をかけると、男は愛想良く近づいてきた。
「どこかの漁師さんかね。だけど、このへんの人じゃないね。海の道に迷ったかね?」
 言われて大津の皇子は、自分の着ている服を見た。海人族の頭領のものとは言え、決してぜいたくな生地ではない。洗いざらしの木綿だ。
「このへんのものは、おらみたいな、麻のものを来ているだよ。冬は寒いが夏は涼しくていい。まあ、これだってあの方が教えて下さったから出来ただで」
 男はまわりの草を手でしめした。
「ここはどのあたりになる」
 大津の皇子は話に入らずに質問した。
「ここは、常陸の国の南で、行方郷潮来水郷と言います」
「ここはもう、常陸の国か? ということは、麻を伝えたのは麻績の王か」
 大津の皇子は思わず口にしてしまった。麻績の王は大津の皇子の従兄弟にあたる皇族で、母親は伊勢の身分の低い豪族の娘だった。数年前に常陸の国に遣わされたこと聞いている。
「いや。私はそんな偉い人のことは知らないが、その、麻績の王様は今はどちらにいらっしゃる?」
 聞きながら、大津の皇子の腹の中に虫が動き出した。下級とはいえ、伊勢の豪族につながる皇族が味方につけばクーデターの夢ではなくなる。壬申の乱のことが頭をよぎった。
「それが、気の毒だよ。おらたちに麻を教えたことがとがめられ、島流しになったらしい」
「島流し? どこへ」
 大津の皇子は思わずつめよった。
「あのう。因幡の国としか聞いていませんが……」
 男は大津の皇子の迫力におされて1歩下がりながら答えた。
 
 




Posted by ひらひらヒーラーズ at 09:12│Comments(0)
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