2011年10月27日

現代へと続く海の道(仮題)53

 **小学校の船である。白宮は午前中で仕事をすませ、船の制作にとりかかった。外から見ればりっぱな船に見える。作った者の欲目かも知れないが、そこに海があれば進み出していけそうな存在感があった。内壁もほとんど張って子ども達がケガをする心配もなさそうだ。
「荒川さんは大したものだなあ。陶芸もやるらしいしな」
 白宮はひとりごとを言いながら、内装の残りを張っていった。そこへ荒川が現れた。学校の近くで仕事だという。
「こんにちは。この前はすごかったなあ。神島」
 荒川は言いながら、コピー用紙の束を出した。何か横書き印刷してある。インターネットのページらしい。白宮は受け取って広げた。
「万葉集ってしってるか? 日本最古の歌集だ。そこにな、この前、行った神島で詠まれた歌が載っている。昨日偶然見つけたんだ」
 荒川が説明する。白宮は話の途中からアザがジンジンして、ポケットの水晶玉が揺れているのを感じていた。
「うちそを おみのおおきみ あまなれや いらごのしまのたまも かります」 詠み人知らず
 返歌
「うつそみの いのちをおしみ なみにぬれ いらごのしまのたまもかりおす」 麻績の王

 読み上げてから、荒川が説明する。
「この「いらごの島」っていうのが神島らしい。麻績の王っていうのはナゾの皇族なんだが、くわしい素性はわからない。皇族であって、漁師ではないのに、自分で海藻を刈って食べている。お気の毒に。と歌いかけられて、歌で返している。この世の命が惜しい。命にくらべれば、海の冷たさなんかなんでもない。という感じかな」
 聞いている白宮の中では、荒川の説明はいつのまにか潮騒に変わった。なつかしい匂いさえしてくる。それは体臭とは違っても自分のにおいだった。それでいて、荒川の言っていることは不思議と心に残った。
 白宮はポケットから水晶玉を出した。荒川がうらやましそうに見た。

 休み時間になると子どもたちが集まってくる。低学年を中心にちょっとした塊ができた。その中に勇人をはじめ、高学年の顔もいくつか見られた。
 荒川と白宮はちょっとうれしくなって笑いあった。その時に荒川の携帯がなった。話している荒川の顔がどんどん変わっていく。
「ええ? 火事ですか? まちがいなくうちの事務所ですか? 分かりました。すぐもどります」
 荒川は電話を切ると白宮を見た。
「白宮さん。すまないが、事務所にもどる。火事なんだ」
 そう言ってあわてて車へ走っていった。




Posted by ひらひらヒーラーズ at 08:52│Comments(0)
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