2011年11月25日

現代へと続く海の道(仮題)76

 香坂がネットカフェで、水晶玉を見つめていたころ白宮は弓道の師匠を車で送っていた。
「白宮さん。私はあらためて勇人君にほれました」
 師匠はポツリと言った。
「ほんと、気の毒なほど、いいやつですね」
 白宮は前を見ながら答えた。師匠が大げさに手を振った。
「そんなことじゃないんです。あの子は世が世なら弓の名手ですよ」
 師匠はいつになくきっぱりと言った。ちょうど信号で止まった白宮は驚いて師匠をみた。ふざけているようには見えない。白宮がとまどっているのを見て、師匠が笑った。
「白宮さん。戦国時代の弓の名手はねえ。弓を二本打つんですよ。どこを狙うか分かりますか?」
 師匠に問われて白宮は車を出しながら答える。
「そりゃあ、心臓じゃないですか? でもそんなら一本でいいのに、二本なんですか」
「そう思うでしょうな。でもねえ、人間、心臓を打たれてもすぐには死なんのです。のたうち回って苦しんでから死ぬんです。そうじゃなくてね、まず、着物と腕の間を射るんです。矢が飛んできて着物に当たってごらんなさい。たいていの猛者でも戦意をなくします。白旗ですよ。そうしたら、殺さなくてすむんですよ。
 それでもダメなときに二本目を射るんですが、この時に相手の眉間を狙います。脳みそを貫きますから、相手は痛みさえ感じることなく事切れるわけです。これが弓の極意であり、私たちが日々精進して稽古するのはこの時に正確に的を射るためです」
 白宮が見ると師匠は小さくうなずいた。
「じつは、勇人君はぼくや荒川さんといっしょになんだか、とんでもないヤツと戦っている気がします。最初、ぼくや荒川さんは勇人君を守っているつもりでしたが、逆かも知れません」
 白宮が言ったところで、師匠の会社に着いた。車を降りながら師匠がつぶやいた。
「たぶんね。勇人くんは、もう一本目の矢は打っていますよ。近いうちに二本目を打つことになるでしょう」
 




Posted by ひらひらヒーラーズ at 08:58│Comments(0)
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