2012年03月06日

青い炎を灯せ36

 天皇が薬師寺へ出かけてしまうと、明江は法華寺へいった。最初に見たよりも炊き出しによって来る人たちは多くなっていた。
 尼さんたちは忙しく動き、近所の男や女も手伝っているのがうれしい。
「ぎょうき様は、今日は来られないのかな」
 男の子がきょろきょろしている。明江はつい「薬師寺へ出かけた」と答えそうになった。だまって聞いていると男の子の母親らしい女が答えている。
「ぎょうき様は仏様だからねえ。どこからでも、私たちを見ていてくださるよ」
 そのことばに思わずふり向くと男の子は明るくうなずいている。明江は昨日の天皇の顔を思い出した。ぎょうきの姿で人々の暮らしを見て、一人の坊主としてみんなに寄り添っているのだろう。明江は21世紀のことを思い出した。あの時代にいたとき、奈良時代をあまりいい時代とは思っていなかった。21世紀の方が人々にやさしいと信じて疑わなかった。でも、今、ぎょうきになっている天皇を見て思う。21世紀にこんな政治家がいただろうかと……。
「光明皇后。こちらでしたか? 清涼殿にうかがったらお留守でしたので」
 聞き慣れた声がしてふり向くと、長屋王が立っていた。ゆったりと笑っている。
「長屋王」
 思わず明江は声を上げた。長屋王がうなずいた。年かさの尼さんが気をつかって、本堂の奥に入るように勧めた。長屋王は軽く頭を下げた。明江が先に歩いていく。本堂の奥に小さな茶室がある。尼さんにしたがって入った。
「皇后様。なんとか天子様を止めていただけませんか」
 人払いをすると、長屋王が深く頭をさげた。うつむいたままで続ける。下は向いているが声が通っている。
「皇后のご家族ですが、不比等さまのご子息たちのいうことを、天子様は聞きすぎるようです。確かに国を思っているようなことをおっしゃいますが、宇合はじめ、お兄上たちのいわれることは、自分たちに都合がよすぎます」
 長屋王のいうことが、明江には分からない。とまどった顔をする明江に長屋王は続けた。
「先の墾田三世私財法は、開墾した土地は三世代に渡って自分のものになる。というものですが、貧しい庶民は、開墾する余裕などありません。開墾など出来るのは、豪族を含めても藤原氏くらいのものです」
 長屋王はここで顔をあげてじっと明江をみた。




Posted by ひらひらヒーラーズ at 08:59│Comments(0)
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