2012年05月17日

青い炎と灯せ76

 舎人の親王が帰っていくと、明江は横になった。お腹が大きくなるに従って疲れやすくなってきた。体が重くなったせいもあるが少し人と話しただけで頭がフラフラすることがある。頭だけでなく心も不安定になるのか、以前より悲しみとか寂しさにとらわれることが多くなった。
 21世紀のことを思い出す。一眠りしたら21世紀にもどっていないだろうか。そんなことを急に思った。天皇が信楽に行ってしまって一人になった感じもあるのだろうか。
 落ち葉が風にまうようにまどろんでいった。
「光明子。眠っている場合か? おまえはとんでもない間違いを犯したのだ。感じるがいい。後悔するがいい。そしておまえ自身も地獄に落ちるがいい。お腹の子どもといっしょに」
 暗闇の中で声が聞こえる。どこかで聞き覚えのある男の声だった。
「あなたはだれ?」
 明江は声に向かって叫んだ。声はそれには答えない。ただ呪いの言葉をくりかえした。なま暖かい風が吹き、獣のにおいが漂ってくる。目を開けてもなにも見えない。
「ここはどこ? お願い答えて」
 明江は泣きながら声をしぼった。
「そうか。一つだけ教えてやろう。光明子。おまえを苦しめている人物はなあ。おまえの近くにいる。そして、おまえが信じている人物なのだ」
 声はそこまで言っていやらしく笑った。明江は声の主を思いだした。
「あなた、大津の皇子? そうなのね。いったいどういうつもり?」
 明江は闇に向かって叫んだ。すると闇にひとすじの光が走り、血にまみれた大津の皇子が浮かんだ。空いっぱいの大きさだった。
「分かっておるか? それならいい。私はおまえの味方なのだ」
 大津の皇子そこまで言って消えた。そしてまた闇があたりをつつんだ。明江は声も出せずに泣いた。

「皇后様。いかがされました」
 遠くから声がする。目を開けると女官が心配そうにのぞきこんでいた。




Posted by ひらひらヒーラーズ at 08:58│Comments(0)
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