2013年04月24日

ひらひら村の夕陽52

「それで、あの、私といた若い方の人はどうなるんですか?」
 裕子は思い切って聞いた。
「まあ、不起訴になるでしょう。証拠隠滅の恐れもないことだし、まもなく釈放でしょう」
 刑事の言葉を聞いて裕子はほっと胸をなでおろした。そこで刑事が顔をのぞきこむ。
「そこで、ちょっとお願いがあるのですが、まあ、釈放するとしても身元引受人はいるわけです。ところが、あの男単身赴任なんですね。奥さんに来てもらうのは時間もかかるし、彼としてはあまり知らせてたくはないということなんです」
 そういって、裕子の顔をのぞきこんだ。裕子は言われている意味が分からずに首をかしげた。刑事がにやりとする。
「まあ、本来は親族がいいんですが、いろんなケースがあります。もし、あなたがokしていただければ、特例としてですね」
 裕子は途中で言葉をはさんだ。
「私に、身元引受人になれとおっしゃるんですか」
 声はついついひっくり返る。当たり前と言えばあたりまえだが、
「まあ、そうしていただければ、彼も一番うれしいかと」
 刑事はしたから顔をのぞきこんだ。裕子は「とんでもないですよ」と言おうとして息を吸い込んだ。いざ、声を出そうとする矢先にドアが開いて腰紐をつけた男が現れた。制服の警察官につきそわて肩をすぼめている。その男と目があった。子犬のような切ない目だった。裕子は20年前においてきた子どもを思い出した。切ないものが喉のおくから上ってくる。
「分かりました。身元引受人になります」
 裕子が言うと、刑事はやっと笑顔になった。
「助かりますなあ。それが一番いいんです」
 そういって、なにやら書類を出した。署名とサインをした。そして男といっしょに警察を出た。そのまま目を合わせずに先を歩いていく。足音で男がすぐ後ろにいるのが分かった。
「あのう。ありがとうございました。助かります。子どもも小さいんで、今度のことは知らせたくないんです」
 男は小さな声で言った。裕子は歩きながら答える。
「知らせたくないって、会社首にはならないでしょ」
「そうじゃなくて、なんで巻き込まれたかって知られると、困るから」
 男の言葉に裕子はあきれた。裕子とのことが妻にばれるのが怖いということらしい。そのために裕子に身元を引き取ってもらったのだ。
「今回のことは、一つ貸しよ」
 そういって早足で歩き出した。



Posted by ひらひらヒーラーズ at 16:17│Comments(0)
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