2012年07月09日

青い炎を灯せ94

 明江は一人で清涼殿にいた。21世紀のことを思い出す。東大寺の前にあった国立博物館が目に浮かんでくる。芝のある公園には修学旅行生達が集まり、鹿にエサをやっていた。そんな中で毎日仕事をしていた自分が恋しい。子ども達は夕方には姿を消し、明くる日にはまた別の子ども達がやってきていた。昨日歩いていた子達と今日歩いている子達はまったく違う。見慣れた風景にとしてとらえていたけれど、そこにいる人たちは違っていたのだ。まるで、川の流れに浮かぶ泡のようだと思った。
「方丈記かあ。鴨長明もまだ生まれてないんだ」
 そんな独り言を言って涙が出てきた。悲しいのとも違う、不思議な思いだった。自分のひいおじいさんももっと前の先祖さえ生まれていない時代で、子どもをお腹に宿らせ、その子が生まれないまま死んだことを怒っている自分。いったいなんなんだろう。
 思いをめぐらせているうちに意識が遠のいていった。
 どのくらい気を失っていただろう。女官に起こされた。三河丸が来ているという。明江が外へ出て三河丸と会った。
「皇后様。私の仲間が、今朝、右大臣(宇合)の所へいきました」
 三河丸はじっと明江をみた。明江は意味が分からずに首をかしげて見た。
「右大臣は、長屋王のことを聞いてまわっているそうです。私の仲間は長屋王様のお屋敷で、木の手入れをしていますが、なんでも、天子様を呪う言葉を書いた木簡を燃やして護摩をたいていたそうです」
 三河丸は瞬きもせずに明江を見た。明江は腹から力が抜けていくのを感じた。
 そのとき、三河丸は南の方を指さした。黒い煙が勢いよく上っていくのが見えた。
「あちらは、長屋王のお屋敷があるあたりではないでしょうか」
 三河丸が言って、明江がうなずいた。  


Posted by ひらひらヒーラーズ at 08:45Comments(0)