2012年07月31日
青い炎を灯せ110
人々は北東を指さした。藤原四兄弟が作りはじめていた春日大社と興福寺であるが、この時はまだ基礎工事が終わったところだった。大陸からやってきた技術者が中心になって、全国から集まった労役の者たちに土を運ばせていた。
「おれ、土師氏(大陸から来た技術者)に習って建築を勉強したいです」
三河丸が明江と舎人の皇子を見た。舎人の皇子はちょっと首をかしげて明江をみる。明江は笑顔でうなずいた。
「いいじゃない。ゆくゆく、国に帰っても役に立つでしょう。天子様がお帰りになったら聞いてみるね。きっといけないとはおっしゃらないと思う」
明江は答えながら行基を見た。行基の首が小さく縦にゆれた。舎人の親王は困ったように笑った。
「まあ、皇后様がおっしゃれば、なんとかなりますかな」
そして、小声で言った。
「ありがとうございます。さっそく行ってきます」
三河丸は北東に向けて走り出した。他の男達もあとを追いかけて走り出した。
こうして、火事で焼けた都の回復と春日大社、興福寺の建設がはじまった。自分たちの意志で働きだした者たちは労役で駆り出された者たちにも刺激を与えた。働きのいい者は予定より早く国に返した。また地方から取る税も少なくした。首都回復は驚くほど早かった。
天皇は行基として全国を回り、仏教を広め、田を開くことを勧めた。水のないところでは水路を引くことを教えた。
「あおによし ならのみやこはさくはなの にほうがごとく いまさかりなり」
と和歌にも詠まれるまでになった。
「おれ、土師氏(大陸から来た技術者)に習って建築を勉強したいです」
三河丸が明江と舎人の皇子を見た。舎人の皇子はちょっと首をかしげて明江をみる。明江は笑顔でうなずいた。
「いいじゃない。ゆくゆく、国に帰っても役に立つでしょう。天子様がお帰りになったら聞いてみるね。きっといけないとはおっしゃらないと思う」
明江は答えながら行基を見た。行基の首が小さく縦にゆれた。舎人の親王は困ったように笑った。
「まあ、皇后様がおっしゃれば、なんとかなりますかな」
そして、小声で言った。
「ありがとうございます。さっそく行ってきます」
三河丸は北東に向けて走り出した。他の男達もあとを追いかけて走り出した。
こうして、火事で焼けた都の回復と春日大社、興福寺の建設がはじまった。自分たちの意志で働きだした者たちは労役で駆り出された者たちにも刺激を与えた。働きのいい者は予定より早く国に返した。また地方から取る税も少なくした。首都回復は驚くほど早かった。
天皇は行基として全国を回り、仏教を広め、田を開くことを勧めた。水のないところでは水路を引くことを教えた。
「あおによし ならのみやこはさくはなの にほうがごとく いまさかりなり」
と和歌にも詠まれるまでになった。
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09:08
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2012年07月30日
青い炎を灯せ109
半日かかって、法華寺に迫っていた野火は消し止めた。次々と平城京内の火事が収まったことの報告が来る。夕方になって行基に扮した天皇も法華寺にやってきた。まわりには火消しをいっしょにやった男や女が集まっている。
「行基。私たちは、本気で国を護っていかなくてはなりません」
明江が声をかけると行基の編み笠が縦にゆれた。まわりに集まってきた人々もいっせいに声を上げる。そこには不思議な熱気があった。
人垣の中から、舎人の親王が出てきた。行基に一礼して明江の前に進む。
「天子様は、どうしていらっしゃるんでしょう。新しい群臣をお決めになってから、すぐに行幸に出かけられたようですが、今回の大火をどうしてお知らせしたらよいのか」
舎人の親王の言葉に行基の編み笠が揺れる。明江はあわてて話をかえる。
「いくつか、官人の邸も燃えたでしょう」
「はい。清涼殿に近いところで被害が多かったですから、高級官吏の邸や蔵も焼けました」
舎人の親王もあっさり話にのってきた。
「そうですか」
行基の高い声がひびいた。集まっていた群衆の中から声が上がる。
「おれたちで、作り直さないか」
明江と舎人の親王が顔を見合わせる。群衆からまた声があがる。
「おれたちの国だもんな。みんなで作ろうぜ」
あちこちから声が上がった。行基が編み笠の中で鼻をすすりあげているのが分かった。舎人の親王きょとんとしている。
「飛び火野で作りかけている寺や神社も俺たちの手で作ろうぜ」
何人かからまた声が上がった。
「行基。私たちは、本気で国を護っていかなくてはなりません」
明江が声をかけると行基の編み笠が縦にゆれた。まわりに集まってきた人々もいっせいに声を上げる。そこには不思議な熱気があった。
人垣の中から、舎人の親王が出てきた。行基に一礼して明江の前に進む。
「天子様は、どうしていらっしゃるんでしょう。新しい群臣をお決めになってから、すぐに行幸に出かけられたようですが、今回の大火をどうしてお知らせしたらよいのか」
舎人の親王の言葉に行基の編み笠が揺れる。明江はあわてて話をかえる。
「いくつか、官人の邸も燃えたでしょう」
「はい。清涼殿に近いところで被害が多かったですから、高級官吏の邸や蔵も焼けました」
舎人の親王もあっさり話にのってきた。
「そうですか」
行基の高い声がひびいた。集まっていた群衆の中から声が上がる。
「おれたちで、作り直さないか」
明江と舎人の親王が顔を見合わせる。群衆からまた声があがる。
「おれたちの国だもんな。みんなで作ろうぜ」
あちこちから声が上がった。行基が編み笠の中で鼻をすすりあげているのが分かった。舎人の親王きょとんとしている。
「飛び火野で作りかけている寺や神社も俺たちの手で作ろうぜ」
何人かからまた声が上がった。
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2012年07月28日
青い炎を灯せ108
大津の皇子が消え、長屋王の顔だけが残った。明江は涙をためながら声をかける。
「長屋王。ほんとにあやまりたい。ゆるしてとは言わない。でもごめんなさい」
明江は空に向かって声を張り上げた。長屋王の顔が揺れる。
「私と妻、そして子ども達は『青い炎』を護ることが勤め。肉体はなくなっても守り続けていきます」
長屋王はそこまで言って消えていった。明江は顔が浮かんでいた空を見上げていた。
「皇后様。飛び火野から上がった火が、法華寺までせまっています。このまま行くと、東院や清涼殿までかかりそうです」
下級官人が息を切らしながら走ってきた。明江は野火を思い出して春日山を見あげた。ここからでも、炎の先が見える。
「行基が作ったため池から、水を運びなさい。行列を作って水を運ぶのです」
明江が言うと、官人は大声をあげて走りだした。
「手の空いている者は、桶を持ってため池に集まれ」
官人の声が遠のいていくと、その後に人の列が出来ていくのが分かった。
「私も、僧たちを集めて、火を消しにいきます」
三蔵も言って僧たちに声をかけた。
大勢の男や女や子どもや年寄りが集まってきた。桶で水を運び法華寺のまわりで護った。多くはやせこけ、ケガをしている者もいる。
明江もその中に入って水を運んだ。火の手は大きくなったが、みんな一心に水をかけた。
「長屋王。ほんとにあやまりたい。ゆるしてとは言わない。でもごめんなさい」
明江は空に向かって声を張り上げた。長屋王の顔が揺れる。
「私と妻、そして子ども達は『青い炎』を護ることが勤め。肉体はなくなっても守り続けていきます」
長屋王はそこまで言って消えていった。明江は顔が浮かんでいた空を見上げていた。
「皇后様。飛び火野から上がった火が、法華寺までせまっています。このまま行くと、東院や清涼殿までかかりそうです」
下級官人が息を切らしながら走ってきた。明江は野火を思い出して春日山を見あげた。ここからでも、炎の先が見える。
「行基が作ったため池から、水を運びなさい。行列を作って水を運ぶのです」
明江が言うと、官人は大声をあげて走りだした。
「手の空いている者は、桶を持ってため池に集まれ」
官人の声が遠のいていくと、その後に人の列が出来ていくのが分かった。
「私も、僧たちを集めて、火を消しにいきます」
三蔵も言って僧たちに声をかけた。
大勢の男や女や子どもや年寄りが集まってきた。桶で水を運び法華寺のまわりで護った。多くはやせこけ、ケガをしている者もいる。
明江もその中に入って水を運んだ。火の手は大きくなったが、みんな一心に水をかけた。
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2012年07月27日
青い炎を灯せ107
黒い竜が空へ昇って行った。エメラルドグリーンの竜が追いかけていく。春日山を後ろに背負って絡み合いはじめた。
玄奘三蔵は経文を唱えながら、両の手の中で大きな数珠をもみこむ。明江は何も言えずに空を見上げている。黒い竜が先に化身し、大津の皇子の首になった。これは明江がなんども夢で見たものである。玄奘三蔵の読経の声が大きくなった。その声に誘われるようにエメラルドグリーンの竜が体をくねらせた。鋭く大津の皇子を見つめると、長屋王の顔になった。額に切られた傷がある。
「長屋王よ。どうだ。自分のされたことが分かっただろう。人間なぞ、裏切るのだ」
大津の皇子がいやらしい笑いを浮かべる。明江はたまらない気持ちになって耳をふさいだ。
「信じた者がバカをみるのだ。私といっしょに国を呪うがいい」
大津の皇子の声は地面さえ揺らした。薬師寺の屋根から瓦が落ちてくる。明江は顔をあげた。
「長屋王。私が悪いんです」
腹の奥から叫ぶと大津の皇子が顔を向ける。
「皇族でない皇后様か」
大津の皇子が言うと、長屋王ゆっくり口を開いた。
「血筋がどうしたという。大津の皇子。人は血筋ではなく、行いと心によって尊ばれるのだ」
「それで、おまえは尊ばれたか? すばらしい行いと心でやってきた報いは一族の死だぞ」
大津の皇子はねばっとした言い方をした。
「私は信じたのだ。この国を。そして今も、未来も信じ続けるのだ。報われなくとも、信じ続けるのが本当に信じると言うことだと思う」
長屋王が言ったところで玄奘三蔵が気合いとともに数珠を投げつけた。
数珠は大津の皇子の額にあたり、大津に皇子は空へと消えていった。
玄奘三蔵は経文を唱えながら、両の手の中で大きな数珠をもみこむ。明江は何も言えずに空を見上げている。黒い竜が先に化身し、大津の皇子の首になった。これは明江がなんども夢で見たものである。玄奘三蔵の読経の声が大きくなった。その声に誘われるようにエメラルドグリーンの竜が体をくねらせた。鋭く大津の皇子を見つめると、長屋王の顔になった。額に切られた傷がある。
「長屋王よ。どうだ。自分のされたことが分かっただろう。人間なぞ、裏切るのだ」
大津の皇子がいやらしい笑いを浮かべる。明江はたまらない気持ちになって耳をふさいだ。
「信じた者がバカをみるのだ。私といっしょに国を呪うがいい」
大津の皇子の声は地面さえ揺らした。薬師寺の屋根から瓦が落ちてくる。明江は顔をあげた。
「長屋王。私が悪いんです」
腹の奥から叫ぶと大津の皇子が顔を向ける。
「皇族でない皇后様か」
大津の皇子が言うと、長屋王ゆっくり口を開いた。
「血筋がどうしたという。大津の皇子。人は血筋ではなく、行いと心によって尊ばれるのだ」
「それで、おまえは尊ばれたか? すばらしい行いと心でやってきた報いは一族の死だぞ」
大津の皇子はねばっとした言い方をした。
「私は信じたのだ。この国を。そして今も、未来も信じ続けるのだ。報われなくとも、信じ続けるのが本当に信じると言うことだと思う」
長屋王が言ったところで玄奘三蔵が気合いとともに数珠を投げつけた。
数珠は大津の皇子の額にあたり、大津に皇子は空へと消えていった。
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2012年07月26日
青い炎を灯せ106
薬師寺から玄奘三蔵がかけつけた。
「たいへんな国難のようですな」
三蔵はあいかわらずきれいな日本語を話す。明江はあわてて話し出した。
「飛び火野で火事が起こりました。民達は動揺しています」
「揺れているのは、皇后様。あなたの心です」
三蔵はゆったり笑っている。明江はいらだった。三蔵は唐からやって来た僧だ。大和の国が荒れても関係ないのかも知れない。
「皇后様。私は別に、この国が荒れていいと思っているわけではありません。でも一度、崩しておく必要もあるのです。そこから新しい花が咲くのです」
三蔵の言葉に、明江はびくりとした。心の中を読まれたかと思った。それを見越したように三蔵はにやりとした。
「心は世界中つながっているのです。のぞこうとしなくても、見えるのです」
「じゃあ、大津の皇子や長屋王ともつながっているのですか」
明江はすがるように言った。
「もちろん。言っているまに来ていますよ」
三蔵は宙を指さした。急にまっ黒な雲が出て、そこから2匹の竜が現れた。
一頭は黒、もう一方はエメラルドグリーンだった。
「たいへんな国難のようですな」
三蔵はあいかわらずきれいな日本語を話す。明江はあわてて話し出した。
「飛び火野で火事が起こりました。民達は動揺しています」
「揺れているのは、皇后様。あなたの心です」
三蔵はゆったり笑っている。明江はいらだった。三蔵は唐からやって来た僧だ。大和の国が荒れても関係ないのかも知れない。
「皇后様。私は別に、この国が荒れていいと思っているわけではありません。でも一度、崩しておく必要もあるのです。そこから新しい花が咲くのです」
三蔵の言葉に、明江はびくりとした。心の中を読まれたかと思った。それを見越したように三蔵はにやりとした。
「心は世界中つながっているのです。のぞこうとしなくても、見えるのです」
「じゃあ、大津の皇子や長屋王ともつながっているのですか」
明江はすがるように言った。
「もちろん。言っているまに来ていますよ」
三蔵は宙を指さした。急にまっ黒な雲が出て、そこから2匹の竜が現れた。
一頭は黒、もう一方はエメラルドグリーンだった。
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2012年07月25日
青い炎を灯せ105
「飛火野へは三河丸を行かせましょう。薬師寺の玄奘様にこちらへ来てもらえますか?」
明江は言った。天皇はうなずいた。近くにいた女官に指図を出した。三河丸が来て飛び火野へ向かわせると、明江は天皇を見た。
「宇合兄さんたちが造り始めていた。神社と氏寺の建設はつづけさせてください」
明江の言葉に天皇は意外そうな顔をした。
「いつもは、民の暮らしを見ろというのに、宇合たちの霊をなぐさめたいか」
天皇は明江の顔をのぞきこんだ。明江は小さく笑った。
「違うのよ。行基としてのあなたはどんどん国を豊かにして行くの。人々の心を一つにして大きな仏を作るのは、天皇としてのあなたと、行基としてのあなたよ」
明江が諭すようにいうと、天皇は目を見ひらいた。
「光明子。なんでそんなことが分かるんだ」
「私は、じつは……」
明江が未来から来たことをうち明けようとしたところで、女官が声をかけた。
「玄奘さまがおいでになりました」
二人は目を向けた。
明江は言った。天皇はうなずいた。近くにいた女官に指図を出した。三河丸が来て飛び火野へ向かわせると、明江は天皇を見た。
「宇合兄さんたちが造り始めていた。神社と氏寺の建設はつづけさせてください」
明江の言葉に天皇は意外そうな顔をした。
「いつもは、民の暮らしを見ろというのに、宇合たちの霊をなぐさめたいか」
天皇は明江の顔をのぞきこんだ。明江は小さく笑った。
「違うのよ。行基としてのあなたはどんどん国を豊かにして行くの。人々の心を一つにして大きな仏を作るのは、天皇としてのあなたと、行基としてのあなたよ」
明江が諭すようにいうと、天皇は目を見ひらいた。
「光明子。なんでそんなことが分かるんだ」
「私は、じつは……」
明江が未来から来たことをうち明けようとしたところで、女官が声をかけた。
「玄奘さまがおいでになりました」
二人は目を向けた。
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2012年07月24日
青い炎を灯せ104
のぞきこんでいた天皇の顔は心配していたせいか青白く見えた。心なしか両の目も落ちくぼんでいる気がした。
「光明子。意識がもどったか。なによりだ。右大臣はじめ、兄たちのこと気の毒であった」
天皇がやさしく声をかけると、明江は微笑み返した。
「天子様こそ、ご心労のことで。お顔の色がすぐれません」
近くに女官がいることを意識して皇后としての言葉をかける。これには天皇が苦笑いした。
「光明子。女官たちは出払っている。いつもどおりでいいぞ」
口を光明子の耳に寄せて小声で言った。明江は表情をくずした。
「あの。私なんだか怖くなってきたの。天子様。今度はあなたが狙われるかも知れない」
明江は夢で見たことを話した。天皇はしっかりうなずきながら聞いた。そして、明江の背中に手をのばした。
「確かに、いろんな噂が流れておる。長屋王の祟りで宇合たちが死んだと思っている者たちもいるらしい。だが、光明子が夢で見たとおり、長屋王は祟るような心の狭い者ではない」
子どもにするように、明江の背中をさすった。明江は半分泣きながら言った。
「天子様。薬師寺にいらっしゃる唐のお坊さんなら、長屋王の霊を呼び出すことができますか? 出来るならお願いします。どうしても直接謝りたいの」
明江が言っている間に、女官が部屋へ飛び込んできた。
「たいへんです。平城の都のあちこちに鬼火が飛んでいると大騒ぎです」
明江と天皇は清涼殿から外を見た。あちこちから山火事のような火があがっていた。
「光明子。意識がもどったか。なによりだ。右大臣はじめ、兄たちのこと気の毒であった」
天皇がやさしく声をかけると、明江は微笑み返した。
「天子様こそ、ご心労のことで。お顔の色がすぐれません」
近くに女官がいることを意識して皇后としての言葉をかける。これには天皇が苦笑いした。
「光明子。女官たちは出払っている。いつもどおりでいいぞ」
口を光明子の耳に寄せて小声で言った。明江は表情をくずした。
「あの。私なんだか怖くなってきたの。天子様。今度はあなたが狙われるかも知れない」
明江は夢で見たことを話した。天皇はしっかりうなずきながら聞いた。そして、明江の背中に手をのばした。
「確かに、いろんな噂が流れておる。長屋王の祟りで宇合たちが死んだと思っている者たちもいるらしい。だが、光明子が夢で見たとおり、長屋王は祟るような心の狭い者ではない」
子どもにするように、明江の背中をさすった。明江は半分泣きながら言った。
「天子様。薬師寺にいらっしゃる唐のお坊さんなら、長屋王の霊を呼び出すことができますか? 出来るならお願いします。どうしても直接謝りたいの」
明江が言っている間に、女官が部屋へ飛び込んできた。
「たいへんです。平城の都のあちこちに鬼火が飛んでいると大騒ぎです」
明江と天皇は清涼殿から外を見た。あちこちから山火事のような火があがっていた。
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2012年07月23日
青い炎を灯せ103
天皇はあわてて、左大臣、右大臣、以下朝廷の重要ポストを任命していった。明江は気力を失って部屋にこもった。長屋王を追いこんでしまったのは自分だった気がしてくる。これまで宇合のせいにしてきたが、今となってみると、宇合を使って自分がしたことに思えてきた。
ただただ不器用に天皇と国を思ってきた長屋王。自分の財産を天皇の物として大切に蓄え、命が危なくなれば前もって法華寺へ運ばせていた人物。それを個人的な感情で一族もろとも死に追いやってしまった自分。
明江は頭を抱えた。体も心もかたまり風が吹いてくるのさえ感じなくなった。軽い目眩を感じて床に倒れ込むとそのまま眠った。
「はっはっはっは~。光明子。よくやった。よくぞ逆臣どもを地獄に送ってくれた」
暗闇から声がひびいてきて、ぽっかりとどす黒い顔が浮かんできた。あちこち血がにじんでいる。大津の皇子だった。
「大津の皇子」
明江は顔に向かって叫んだ。大津の皇子はにやりとして片手を差し出した。四つの首が下がっている。差し出された手が生首の髪をにぎっているらしい。あらためて見ると、宇合をはじめ藤原四兄弟のものだった。
「ひどいやつらよのう。自分たちの都合で、長屋王のような男を殺して。まあ当然の報いよ」
大津の皇子はいやな笑いを浮かべた。明江は頭をふった。
「ちがうのよ。私、私なのよ。殺すなら私を殺してよ」
明江の言葉に大津の皇子は首を振った。
「そう簡単にはいかんのだ。おまえはただの人間ではない。薬師如来が未来から運んだ者なのだ。だから私が手を下せるのはおまえではなく、今の天子だ」
そのことばに、明江の頭の中を電気が走った。天皇の顔が浮かぶ。明江が飛び出そうとする所へ雷が落ちた。
「大津の皇子。約束どおり、私は魂だけの姿になった。おまえの好きなようにはさせん」
明江の聞き慣れた声が聞こえ、空に長屋王の顔が浮かんだ。明江が顔を上げるとやさしく微笑んだ。
「長屋王」
明江は叫んだ。その声をかき消すように声が聞こえる。泣いているようにも、怒っているようにも聞こえる。やがて体が大きく震えた。
「光明子~」
はっきりと声が聞こえて、目を開けると天皇がのぞきこんでいた。
ただただ不器用に天皇と国を思ってきた長屋王。自分の財産を天皇の物として大切に蓄え、命が危なくなれば前もって法華寺へ運ばせていた人物。それを個人的な感情で一族もろとも死に追いやってしまった自分。
明江は頭を抱えた。体も心もかたまり風が吹いてくるのさえ感じなくなった。軽い目眩を感じて床に倒れ込むとそのまま眠った。
「はっはっはっは~。光明子。よくやった。よくぞ逆臣どもを地獄に送ってくれた」
暗闇から声がひびいてきて、ぽっかりとどす黒い顔が浮かんできた。あちこち血がにじんでいる。大津の皇子だった。
「大津の皇子」
明江は顔に向かって叫んだ。大津の皇子はにやりとして片手を差し出した。四つの首が下がっている。差し出された手が生首の髪をにぎっているらしい。あらためて見ると、宇合をはじめ藤原四兄弟のものだった。
「ひどいやつらよのう。自分たちの都合で、長屋王のような男を殺して。まあ当然の報いよ」
大津の皇子はいやな笑いを浮かべた。明江は頭をふった。
「ちがうのよ。私、私なのよ。殺すなら私を殺してよ」
明江の言葉に大津の皇子は首を振った。
「そう簡単にはいかんのだ。おまえはただの人間ではない。薬師如来が未来から運んだ者なのだ。だから私が手を下せるのはおまえではなく、今の天子だ」
そのことばに、明江の頭の中を電気が走った。天皇の顔が浮かぶ。明江が飛び出そうとする所へ雷が落ちた。
「大津の皇子。約束どおり、私は魂だけの姿になった。おまえの好きなようにはさせん」
明江の聞き慣れた声が聞こえ、空に長屋王の顔が浮かんだ。明江が顔を上げるとやさしく微笑んだ。
「長屋王」
明江は叫んだ。その声をかき消すように声が聞こえる。泣いているようにも、怒っているようにも聞こえる。やがて体が大きく震えた。
「光明子~」
はっきりと声が聞こえて、目を開けると天皇がのぞきこんでいた。
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2012年07月22日
青い炎を灯せ102
明江は清涼殿につくと、女官に命じて宇合を呼び出してもらった。待っている間、頭の中には宇合に投げつけてやりたい言葉が次から次へと浮かんできた。それとともに明江自身の浅はかさにも腹が立ってきた。
ほどなくして、女官がもどってきた。いくぶんあわてているように見える。
「皇后様。落ちついてお聞きになってください。右大臣、藤原の宇合様が病の床に伏されたご様子です」
「兄さんが病気?」
明江は最初本気にしてなかった。
「あの兄さんのことだから、仮病でしょう。こちらから出かけて行きます」
明江が輿の準備をさせていると、宇合のもとから使者がきた。
「我が主、宇合が死去しました」
明江は言葉を失った。
明江が呆然としていると、房前の使者が来た。麻呂の使者が、むち麻呂の使者がやってきた。三人とも急死したという。
天皇はその日の夕方もどってきた。
「藤原の四兄弟が死んだか」
天皇も信じられないという口調がだった。
ほどなくして、女官がもどってきた。いくぶんあわてているように見える。
「皇后様。落ちついてお聞きになってください。右大臣、藤原の宇合様が病の床に伏されたご様子です」
「兄さんが病気?」
明江は最初本気にしてなかった。
「あの兄さんのことだから、仮病でしょう。こちらから出かけて行きます」
明江が輿の準備をさせていると、宇合のもとから使者がきた。
「我が主、宇合が死去しました」
明江は言葉を失った。
明江が呆然としていると、房前の使者が来た。麻呂の使者が、むち麻呂の使者がやってきた。三人とも急死したという。
天皇はその日の夕方もどってきた。
「藤原の四兄弟が死んだか」
天皇も信じられないという口調がだった。
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2012年07月19日
青い炎を灯せ101
「分かった。ありがとう。もう右大臣の所へはもどらなくてよろしい。何かあるといけないから、三河丸と三人で私のそばにいなさい。大丈夫だと分かったら、私が国へ帰らせてあげます」
明江の言葉に三人は顔を見合わせた。三河丸は。国分寺のことを思いだしたのか、明江を見てにやりとした。
明江達は、呪文の書かれた木簡を持って唐招提寺に向かった。明江一人が輿に乗り、三人は歩いていく。
唐招提寺ににつくと、玄奘三蔵が出迎えた。明江がさしだした木簡を丁寧に受け取り目を通していく。
「それは呪いの言葉ですか」
しばらくたって明江が聞くと、三蔵は目を見ひらいて顔の前で手をヒラヒラさせた。
「呪いだなんてとんでもない。国と民がいやさかに栄えますようにと言う意味の経文です」
明江は一度つばを飲み込んでから続けて聞いた。
「この経文、もしかして、右大臣がこちらへ持ってきませんでしたか」
「はい、今朝早くおいでになりました。同じことを答えました」
三蔵の言葉に明江は頭に血が上った。
「兄さんとは言え、許せない」
明江はそのあと、清涼殿までもどった道をおぼえていない。
明江の言葉に三人は顔を見合わせた。三河丸は。国分寺のことを思いだしたのか、明江を見てにやりとした。
明江達は、呪文の書かれた木簡を持って唐招提寺に向かった。明江一人が輿に乗り、三人は歩いていく。
唐招提寺ににつくと、玄奘三蔵が出迎えた。明江がさしだした木簡を丁寧に受け取り目を通していく。
「それは呪いの言葉ですか」
しばらくたって明江が聞くと、三蔵は目を見ひらいて顔の前で手をヒラヒラさせた。
「呪いだなんてとんでもない。国と民がいやさかに栄えますようにと言う意味の経文です」
明江は一度つばを飲み込んでから続けて聞いた。
「この経文、もしかして、右大臣がこちらへ持ってきませんでしたか」
「はい、今朝早くおいでになりました。同じことを答えました」
三蔵の言葉に明江は頭に血が上った。
「兄さんとは言え、許せない」
明江はそのあと、清涼殿までもどった道をおぼえていない。
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2012年07月18日
青い炎を灯せ100
少年は明江と目を合わせず一気にしゃべった。明かに体を固くしているのが分かる。隣の少年は膝に置いた手が震えている。
「そうか。なんで呪っているって分かるの?」
明江はつとめて冷静に言った。
「毎朝、天子様の絵が描かれた掛け軸の前で呪文を唱えていました。すごい怖い顔でした」
少年はそこまで言って下を向いた。
「ねえ、長屋王が唱えていた呪文、おぼえていたらここにかいてくれる?」
明江は古い木簡を出した。少年は思い出しながら筆で三行ほど書いた。明江には読めない字だった。
「この呪文が呪いのものだって、あなたにはどうして分かるの」
明江は隣の少年を見た。少年は小さな声で答えはじめる。
「ぼくたち、仏様の呪文は知りません。ただ毎月聞いていたので、音だけはおぼえていました。右大臣のお邸で聞かれ、意味の分からずに書いたら右大臣が騒ぎ出して『謀反』ということになりました」
明江はゆっくりうなずいた。それから穏やかに微笑んで口を開いた。
「それで、右大臣からはなんて言われたの」
「『ちゃんと、証言すれば、生まれた国へ返してやる』と言われました」
これを明江は笑顔で聞いた。
「そうか。なんで呪っているって分かるの?」
明江はつとめて冷静に言った。
「毎朝、天子様の絵が描かれた掛け軸の前で呪文を唱えていました。すごい怖い顔でした」
少年はそこまで言って下を向いた。
「ねえ、長屋王が唱えていた呪文、おぼえていたらここにかいてくれる?」
明江は古い木簡を出した。少年は思い出しながら筆で三行ほど書いた。明江には読めない字だった。
「この呪文が呪いのものだって、あなたにはどうして分かるの」
明江は隣の少年を見た。少年は小さな声で答えはじめる。
「ぼくたち、仏様の呪文は知りません。ただ毎月聞いていたので、音だけはおぼえていました。右大臣のお邸で聞かれ、意味の分からずに書いたら右大臣が騒ぎ出して『謀反』ということになりました」
明江はゆっくりうなずいた。それから穏やかに微笑んで口を開いた。
「それで、右大臣からはなんて言われたの」
「『ちゃんと、証言すれば、生まれた国へ返してやる』と言われました」
これを明江は笑顔で聞いた。
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08:14
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2012年07月17日
青い炎を灯せ99
明江は女官に頼んで宇合を呼び出した。まだ信楽へはもどってなかったとみえて、大して待たずにやってきた。
「長屋王のことを証言した二人に会わせてくれない」
明江は宇合の前に立って強い口調で言った。宇合は逃げるように後ずさる。
「まだ、調べの途中だから……」
宇合が言葉を濁すと、明江の目がつり上がっていく。それを見た宇合の顔がひきつった。前にほおをはられてのを思い出したのだろう。
「やましいことがなければ、会わせるくらいできるでしょう」
明江はまた、すごい目をして宇合に顔を近づけた。
「分かったよ。会わせるよ。そんかわり、いろんなこと吹き込むなよ」
宇合は逃げるように立ち去ると、しばらくしてもどってきた。三河丸ぐらいの年格好の少年を二人連れている。
「光明子。長屋王の邸で庭木の世話をしていた二人だ。まだ調べの途中だからな」
宇合は二人を置いて清涼殿を出ていった。
連れて来られた二人は部屋のすみで小さくなっている。明江は女官に命じてお菓子を運ばせた。牛乳を煮つめて固めただけのものである。21世紀の甘い菓子になれた明江は一度食べたきりで、次からは女官にすすめられても手をつけることはなかった。
「よかったら、食べなさい」
お菓子が運ばれると、少年達の前において一人ずつ順に見た。少年達は目が合うと視線をそらした。
「ねえ、右大臣から聞かれたと思うけど、長屋王のこと話してくれないかな」
明江が呼びかけると、背の高い方の少年が口を開いた。
「長屋王は、悪い魔術使いです。皇后様のお腹に宿っておられた次の天皇になる方を呪いの力で殺しました」
「長屋王のことを証言した二人に会わせてくれない」
明江は宇合の前に立って強い口調で言った。宇合は逃げるように後ずさる。
「まだ、調べの途中だから……」
宇合が言葉を濁すと、明江の目がつり上がっていく。それを見た宇合の顔がひきつった。前にほおをはられてのを思い出したのだろう。
「やましいことがなければ、会わせるくらいできるでしょう」
明江はまた、すごい目をして宇合に顔を近づけた。
「分かったよ。会わせるよ。そんかわり、いろんなこと吹き込むなよ」
宇合は逃げるように立ち去ると、しばらくしてもどってきた。三河丸ぐらいの年格好の少年を二人連れている。
「光明子。長屋王の邸で庭木の世話をしていた二人だ。まだ調べの途中だからな」
宇合は二人を置いて清涼殿を出ていった。
連れて来られた二人は部屋のすみで小さくなっている。明江は女官に命じてお菓子を運ばせた。牛乳を煮つめて固めただけのものである。21世紀の甘い菓子になれた明江は一度食べたきりで、次からは女官にすすめられても手をつけることはなかった。
「よかったら、食べなさい」
お菓子が運ばれると、少年達の前において一人ずつ順に見た。少年達は目が合うと視線をそらした。
「ねえ、右大臣から聞かれたと思うけど、長屋王のこと話してくれないかな」
明江が呼びかけると、背の高い方の少年が口を開いた。
「長屋王は、悪い魔術使いです。皇后様のお腹に宿っておられた次の天皇になる方を呪いの力で殺しました」
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2012年07月16日
青い炎を灯せ98
少年は瞬きもせずに明江を見た。
「私たち、三人は長屋王様のお邸で、庭の木の手入れをしていました」
少年が言うと、横で聞いていた三河丸が口をはさんできた。
「三人とも、おれよく知っているんだ。よく、飛火野で野宿してたんだ」
「野宿?」
明江が驚いて聞き返す。
「そう。おれは皇后様と出会ったときに、舎人の親王さまに拾われたけど、こいつらは法華寺で粥をもらいに行ってて、長屋王様に雇ってもらったんだ」
三河丸が言うと、少年は身をのりだした。
「二人を助けてくれませんか。あの二人、宇合様に連れていかれる時泣いてました。彼らが長屋王様の困るようなことをいうはずがないです」
少年が言うと、明江は法華寺からの手紙に目を落とした。
「長屋王は天子様の宝物を法華寺に運んでいたの。宇合兄さんが連れていった証人は泣いていた」
明江は口の中でくりかえした。そして少年を見た。
「ねえ、一つだけ教えて。長屋王は人を呪う術を使っていたって噂があるけど、ほんとう?」
「そんなこと、絶対にありません。いつもおっしゃっていました。術は人を幸せにするためのものだと」
少年ははっきりと言った。
「私たち、三人は長屋王様のお邸で、庭の木の手入れをしていました」
少年が言うと、横で聞いていた三河丸が口をはさんできた。
「三人とも、おれよく知っているんだ。よく、飛火野で野宿してたんだ」
「野宿?」
明江が驚いて聞き返す。
「そう。おれは皇后様と出会ったときに、舎人の親王さまに拾われたけど、こいつらは法華寺で粥をもらいに行ってて、長屋王様に雇ってもらったんだ」
三河丸が言うと、少年は身をのりだした。
「二人を助けてくれませんか。あの二人、宇合様に連れていかれる時泣いてました。彼らが長屋王様の困るようなことをいうはずがないです」
少年が言うと、明江は法華寺からの手紙に目を落とした。
「長屋王は天子様の宝物を法華寺に運んでいたの。宇合兄さんが連れていった証人は泣いていた」
明江は口の中でくりかえした。そして少年を見た。
「ねえ、一つだけ教えて。長屋王は人を呪う術を使っていたって噂があるけど、ほんとう?」
「そんなこと、絶対にありません。いつもおっしゃっていました。術は人を幸せにするためのものだと」
少年ははっきりと言った。
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2012年07月14日
青い炎を灯せ97
宇合は逃げるように離れていった。呆然とする明江に舎人の親王が話しかける。
「私も気がつかないうちに、邸をかこんだようです」
明江はじっと舎人の親王を見た。それから思い切って口を開いた。
「すぐに火の手が上がったんですか?」
「朱雀大路を兵が馬の足音を響かせて来たそうですので、右大臣が邸の前に着いたときには運命を悟られたでしょう」
舎人の親王はつらそうに答えた。明江がなにか聞き返そうとしたその時、若い官人が走り寄ってきた。
「皇后さま。法華寺から預かってきました」
そう言って、明江に手紙をわたした。巻紙のようなものにくずし字がならんでいる。明江が読めずにいると、舎人の親王が横からのぞきこんで声をだして読み始めた。
「法華寺へ帝の財宝を運びこみました。古くから帝に伝わるものです。安全な場所で大切にしてください」
それを読んで明江と親王の顔色が変わった。
「長屋王はこうなることを知っていたのか」
舎人の親王は小さな声で言った。明江は髪を振り乱して叫んだ。
「誰か、邸から生き残った者はいないの?」
明江の呼びかけに一人の少年が声をあげた。
「私は、右大臣に連れて行かれた二人といっしょに働いていました」
色の黒い少年が人混みから出てきた。
「私も気がつかないうちに、邸をかこんだようです」
明江はじっと舎人の親王を見た。それから思い切って口を開いた。
「すぐに火の手が上がったんですか?」
「朱雀大路を兵が馬の足音を響かせて来たそうですので、右大臣が邸の前に着いたときには運命を悟られたでしょう」
舎人の親王はつらそうに答えた。明江がなにか聞き返そうとしたその時、若い官人が走り寄ってきた。
「皇后さま。法華寺から預かってきました」
そう言って、明江に手紙をわたした。巻紙のようなものにくずし字がならんでいる。明江が読めずにいると、舎人の親王が横からのぞきこんで声をだして読み始めた。
「法華寺へ帝の財宝を運びこみました。古くから帝に伝わるものです。安全な場所で大切にしてください」
それを読んで明江と親王の顔色が変わった。
「長屋王はこうなることを知っていたのか」
舎人の親王は小さな声で言った。明江は髪を振り乱して叫んだ。
「誰か、邸から生き残った者はいないの?」
明江の呼びかけに一人の少年が声をあげた。
「私は、右大臣に連れて行かれた二人といっしょに働いていました」
色の黒い少年が人混みから出てきた。
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2012年07月12日
青い炎を灯せ96
「皇后様。お呼びですか?」
人混みの中から宇合が出てきた。舎人の親王が頭を下げて下がっていった。
「兄さん。やはり長屋王が呪っていたのですか」
明江の言葉に宇合はにやりとした。明江の横に来て小声になる。
「光明子。おまえのおかげで、やっかい払いができた。なにか言いがかりをつけることがないかと探していたんだ」
そう言った宇合の目はヘビのようだった。明江の背中に冷たいものが走った。
「兄さん。ちゃんと調べたんでしょうね」
明江はちょっと不安になった。宇合は一瞬目をそらした。口の中でなにか言っている。明江はその目の前に行きじっと宇合を見た。
「証人はいるんだ。邸で木の手入れをしていた男が二人、呪いの木札を見たと言っている」
宇合の言い方は、語尾があいまいだった。明江が宇合の肩をつかんだ。
「それで、長屋王はなんと言ったの?」
明江の強い言い方に、宇合はちょっとたじろぎながら口を開いた。
「それがな、左大臣本人に事情を聞こうとして、おれが邸に出向いたら、いきなり火の手があがったんだ」
宇合が言い終わらないうちに、まわりにいた群衆からひそひそ声がいくつも聞こえた。
「いきなり、大勢の兵に囲まれて、罪人あつかいされたら、長屋王様のように、気位の高い方なら自害を考えるだろう」
明江は目を見ひらいた。
「宇合兄さん。兵を連れて邸を囲んだの?」
「しかたないだろ。長屋王がおれを呪ってきたらこまる」
宇合は叱られた子どもののような顔をした。
人混みの中から宇合が出てきた。舎人の親王が頭を下げて下がっていった。
「兄さん。やはり長屋王が呪っていたのですか」
明江の言葉に宇合はにやりとした。明江の横に来て小声になる。
「光明子。おまえのおかげで、やっかい払いができた。なにか言いがかりをつけることがないかと探していたんだ」
そう言った宇合の目はヘビのようだった。明江の背中に冷たいものが走った。
「兄さん。ちゃんと調べたんでしょうね」
明江はちょっと不安になった。宇合は一瞬目をそらした。口の中でなにか言っている。明江はその目の前に行きじっと宇合を見た。
「証人はいるんだ。邸で木の手入れをしていた男が二人、呪いの木札を見たと言っている」
宇合の言い方は、語尾があいまいだった。明江が宇合の肩をつかんだ。
「それで、長屋王はなんと言ったの?」
明江の強い言い方に、宇合はちょっとたじろぎながら口を開いた。
「それがな、左大臣本人に事情を聞こうとして、おれが邸に出向いたら、いきなり火の手があがったんだ」
宇合が言い終わらないうちに、まわりにいた群衆からひそひそ声がいくつも聞こえた。
「いきなり、大勢の兵に囲まれて、罪人あつかいされたら、長屋王様のように、気位の高い方なら自害を考えるだろう」
明江は目を見ひらいた。
「宇合兄さん。兵を連れて邸を囲んだの?」
「しかたないだろ。長屋王がおれを呪ってきたらこまる」
宇合は叱られた子どもののような顔をした。
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2012年07月10日
青い炎を灯せ95
明江は輿の用意さえさせずに走り出した。三河丸があわてて追いかけてくる。大極殿の横をぬけてわきの小道を走って行くと煙がだんだん濃くなってくる。それにつれて灰も飛んでくるようになった。後ろで三河丸がせき込みながら明江を呼んでいる。ふだん職人たちが歩く小道は、小石がころがって足元が悪い。
そんな中を走って、朱雀大門の南まで出た。長屋王邸は近づくことも出来ないほど煙がおおい、その奥で炎が竜のようにおどっている。なま暖かい風が炎に吹きいて、まん中で渦を巻いた。敷地のまわりには警備の兵達が剣を持ってたっている。様子を見にやってきた人々や下級官達の間をぬって明江と三河丸は前に出た。
「長屋王~」
明江が炎に向かって叫んだが、あたりのざわめきにかき消された。
「皇后様。落ちついてください」
三河丸が明江を押さえたところで、舎人の親王が現れた。
「皇后様。左大臣のことは私からもお詫び申しあげます」
舎人の親王が深く頭を下げた。明江は少しだけ目を向けた。舎人の親王は長屋王の異母兄弟にあたる。
「誰が火を放ったのですか」
明江は舎人の親王をじっと見た。
「長屋王が自分で火をつけたようです。今朝早く、右大臣(宇合)に呼び出され帰ってすぐに火が上がったようです」
舎人の親王はつらそうに答えた。
「分かりました。兄に会えますか」
明江が静かに言った。
そんな中を走って、朱雀大門の南まで出た。長屋王邸は近づくことも出来ないほど煙がおおい、その奥で炎が竜のようにおどっている。なま暖かい風が炎に吹きいて、まん中で渦を巻いた。敷地のまわりには警備の兵達が剣を持ってたっている。様子を見にやってきた人々や下級官達の間をぬって明江と三河丸は前に出た。
「長屋王~」
明江が炎に向かって叫んだが、あたりのざわめきにかき消された。
「皇后様。落ちついてください」
三河丸が明江を押さえたところで、舎人の親王が現れた。
「皇后様。左大臣のことは私からもお詫び申しあげます」
舎人の親王が深く頭を下げた。明江は少しだけ目を向けた。舎人の親王は長屋王の異母兄弟にあたる。
「誰が火を放ったのですか」
明江は舎人の親王をじっと見た。
「長屋王が自分で火をつけたようです。今朝早く、右大臣(宇合)に呼び出され帰ってすぐに火が上がったようです」
舎人の親王はつらそうに答えた。
「分かりました。兄に会えますか」
明江が静かに言った。
Posted by ひらひらヒーラーズ at
08:25
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2012年07月09日
青い炎を灯せ94
明江は一人で清涼殿にいた。21世紀のことを思い出す。東大寺の前にあった国立博物館が目に浮かんでくる。芝のある公園には修学旅行生達が集まり、鹿にエサをやっていた。そんな中で毎日仕事をしていた自分が恋しい。子ども達は夕方には姿を消し、明くる日にはまた別の子ども達がやってきていた。昨日歩いていた子達と今日歩いている子達はまったく違う。見慣れた風景にとしてとらえていたけれど、そこにいる人たちは違っていたのだ。まるで、川の流れに浮かぶ泡のようだと思った。
「方丈記かあ。鴨長明もまだ生まれてないんだ」
そんな独り言を言って涙が出てきた。悲しいのとも違う、不思議な思いだった。自分のひいおじいさんももっと前の先祖さえ生まれていない時代で、子どもをお腹に宿らせ、その子が生まれないまま死んだことを怒っている自分。いったいなんなんだろう。
思いをめぐらせているうちに意識が遠のいていった。
どのくらい気を失っていただろう。女官に起こされた。三河丸が来ているという。明江が外へ出て三河丸と会った。
「皇后様。私の仲間が、今朝、右大臣(宇合)の所へいきました」
三河丸はじっと明江をみた。明江は意味が分からずに首をかしげて見た。
「右大臣は、長屋王のことを聞いてまわっているそうです。私の仲間は長屋王様のお屋敷で、木の手入れをしていますが、なんでも、天子様を呪う言葉を書いた木簡を燃やして護摩をたいていたそうです」
三河丸は瞬きもせずに明江を見た。明江は腹から力が抜けていくのを感じた。
そのとき、三河丸は南の方を指さした。黒い煙が勢いよく上っていくのが見えた。
「あちらは、長屋王のお屋敷があるあたりではないでしょうか」
三河丸が言って、明江がうなずいた。
「方丈記かあ。鴨長明もまだ生まれてないんだ」
そんな独り言を言って涙が出てきた。悲しいのとも違う、不思議な思いだった。自分のひいおじいさんももっと前の先祖さえ生まれていない時代で、子どもをお腹に宿らせ、その子が生まれないまま死んだことを怒っている自分。いったいなんなんだろう。
思いをめぐらせているうちに意識が遠のいていった。
どのくらい気を失っていただろう。女官に起こされた。三河丸が来ているという。明江が外へ出て三河丸と会った。
「皇后様。私の仲間が、今朝、右大臣(宇合)の所へいきました」
三河丸はじっと明江をみた。明江は意味が分からずに首をかしげて見た。
「右大臣は、長屋王のことを聞いてまわっているそうです。私の仲間は長屋王様のお屋敷で、木の手入れをしていますが、なんでも、天子様を呪う言葉を書いた木簡を燃やして護摩をたいていたそうです」
三河丸は瞬きもせずに明江を見た。明江は腹から力が抜けていくのを感じた。
そのとき、三河丸は南の方を指さした。黒い煙が勢いよく上っていくのが見えた。
「あちらは、長屋王のお屋敷があるあたりではないでしょうか」
三河丸が言って、明江がうなずいた。
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2012年07月01日
青い炎を灯せ93
「そう。過去から現代、そして未来へ続く炎なら、私の子どもはどうなの?」
明江は長屋王をにらんだままで低い声で言った。まわりの空気が揺れていきそうな感じさえした。
長屋王は直接答えずに、悲しげな目をして見あげた。明江の目に残酷な光が宿った。
「長屋王。私は、あなたを心のそこから信頼していました。そのあなたに、こんな目に逢わされるなんて」
言葉を出しながら、明江は涙が声を震わせてはっきりしなくなっていくのにも腹が立った。見上げている長屋王の姿がゆがんでくる。
「皇后様。お力落としはよく分かります。また、私の祈りが足りなくてお救い出来なかったことも承知していますが、人の命ははなかいもの。どうか、お心をお鎮めください」
長屋王はそう言って、深く頭を下げた。明江の心模様が、悲しみ色から復讐心へと変わっていった。
「よく分かりました。もう、下がってください」
明江は無表情のまま言った。長屋王がなにか言いたそうにもじもじしながら清涼殿を出ていった。その後ろ姿に明江は独り言をかけた。
「これまでありがとう。でもゆるさない」
一度ふとんにもどって体を横たえると、明江は女官に頼んで宇合を呼び出してもらった。
その夕方には、信楽から宇合がやってきた。明江は他の言葉は発せないまま前に立った。
「右大臣、藤原の宇合に申しつける。左大臣、長屋王に謀反の疑いあり。調べた上、相当の処分を申しつける」
明江のはっきりとした口調に、宇合は一度目を見はってから笑いを浮かべた。
「皇后様。確かにうかがいました」
宇合はいそいそと出ていった。
明江は長屋王をにらんだままで低い声で言った。まわりの空気が揺れていきそうな感じさえした。
長屋王は直接答えずに、悲しげな目をして見あげた。明江の目に残酷な光が宿った。
「長屋王。私は、あなたを心のそこから信頼していました。そのあなたに、こんな目に逢わされるなんて」
言葉を出しながら、明江は涙が声を震わせてはっきりしなくなっていくのにも腹が立った。見上げている長屋王の姿がゆがんでくる。
「皇后様。お力落としはよく分かります。また、私の祈りが足りなくてお救い出来なかったことも承知していますが、人の命ははなかいもの。どうか、お心をお鎮めください」
長屋王はそう言って、深く頭を下げた。明江の心模様が、悲しみ色から復讐心へと変わっていった。
「よく分かりました。もう、下がってください」
明江は無表情のまま言った。長屋王がなにか言いたそうにもじもじしながら清涼殿を出ていった。その後ろ姿に明江は独り言をかけた。
「これまでありがとう。でもゆるさない」
一度ふとんにもどって体を横たえると、明江は女官に頼んで宇合を呼び出してもらった。
その夕方には、信楽から宇合がやってきた。明江は他の言葉は発せないまま前に立った。
「右大臣、藤原の宇合に申しつける。左大臣、長屋王に謀反の疑いあり。調べた上、相当の処分を申しつける」
明江のはっきりとした口調に、宇合は一度目を見はってから笑いを浮かべた。
「皇后様。確かにうかがいました」
宇合はいそいそと出ていった。
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