2012年08月25日

青い炎を灯せ(完結)

 明江が目をさますと、椿といっしょに東大寺へ向かった。タイムスリップする前東大寺へ行こうと話していたのを思い出した。
 法華寺から海竜寺の前を通り細い道を進むと、東大寺の西側に出た。車が追い越していく。道路が舗装してある。看板や標識があちこちにある。そんななんでもないことがなつかしくてうれしい。
「光村さん。大仏にどなってやるって言ってましたな。なにに腹が立ったんですか?」
 椿が笑顔を向ける。明江の頭の中で、奈良時代の出来事がうかんでくる。自信なげな聖武天皇の顔、どろまみれで人々とふれあっていた行基の顔。出来上がった銅色に輝いていた大仏。スライドショーのようにうかんでくる。
「椿さん。怒鳴るのやめました。大仏様ってかわいいですよ。抱きしめたいくらい」
 明江が言うと、椿は安心した顔になった。
「そう言ってもらえればうれしいですが、夢の中でなにかありましたかな?」
 椿が言ったとき、明江の目に正倉院の案内表示が入った。
「椿さん。『正倉院』ってなにがあるんですか」
 明江が聞くと、椿は手に持った資料を広げた。
「聖武天皇が崩御されたあと、聖武天皇の宝物を皇后がおさめたのです。シルクロードを通って伝わってきた楽器や、剣などがあるそうです。東大寺の南に国立博物館があって、そこに展示してあるものもあります。あとで行ってみましょう」
 椿の言葉で、明江が長屋王が死の前に運ばせたものと、青い石を思い出した。
「長屋王の関連のものもあるんですか?」
「いろいろ研究が進んだ中で、一つだけ意味の分からないものがあります。青い小さな石なんですが、光明皇后が亡くなる日まで肌身はなさず持っていらしたそうです」
 椿は首をかしげた。

 明江はなんだかホッとした。
   


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2012年08月23日

青い炎を灯せ122

 銅でできた大仏は夕陽のようにかがやいた。天皇も明江もまぶしくて目を細める。
「これで金泊を貼れば、完成だ。みんなのおかげで、予定よりも早く出来た」
 天皇はしみじみと見あげた。舎人の親王は静かにうなずいた。そしてつぶやく。
「行基はどうしていますかな。最近現れませんが」
 明江は天皇を見て苦笑いした。
「きっと、どこか遠い国で畑を作っているでしょう。最初に現れたのは法華寺の前でしたね」
 明江は自分で言いながら、法華寺へ行けば行基に会えるような気がしておかしかった。
「舎人の親王。ちょっと行ってみませんか」
 舎人の親王がうなずくと、明江は西へ向かって歩き出した。女官がついて来ようとするのを止めて二人で歩き出す。平城宮に向かう道を歩いていくと小さな山が見えてくる。
「こんな山だったなあ」
 明江は独り言を言った。こんな小山からタイムスリップして来たのを思い出した。舎人の親王は椿だったことを憶えていないのか特に反応しない。
 二人は歩き続けて法華寺についた。元気のない者たちが尼から粥をもらっている。尼が笑顔で迎えた。
 その時に地震が起こった。明江と舎人の親王は本堂に逃げ込んだ。本尊の薬師如来が二人を見下ろしている。明江はしみじみと見あげた。薬師如来が微笑んだ気がした。
「あなたはみごとに炎をともしてくれました。もう、あなたの時代にもどってください。ありがとうございました」
 薬師如来がつぶやくと、後光が大きくなりまわりが見えないほどの明るさにつつまれた。明江はすべてを忘れるほどのやわらかさを感じた。このまま死んでしまうのかとさえ思った。
 黒いトンネルをぬけて、明るいところで出た。目を開けると尼さんたちが心配そうにのぞきこんでいる。
「あのう。大丈夫ですか?」
 尼の一人が声をかけてきた。
「だいじょうぶです」
 なんとか答えて、目をあけると自分の姿を見た。奈良時代の衣装ではない。首にはデジタルカメラをぶらさげている。
「あのう。すみませんが、今年は何年になりますか」
 明江はおそるおそる聞いた。
「2012年ですよ」
 尼さんは不思議そうに答えた。
「すみません。遅くなりました」
 法華寺の山門から舎人の親王、いや椿が走りこんできた。
「明江さん。この近くで倒れましてねえ。とりあえずこちらで休ませてもらいました」
 椿は言った。

   


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2012年08月21日

青い炎を灯せ121

 天皇は大仏建立の詔を出した。今回は平城京遷都のような大がかりな労役徴発はしないと宣言した。
 そのかわりに、行基が全国をまわり寄付を集め、労役に参加する希望者を募った。飛ぶ火野の北側は全国各地から材木が集まった。また大工道具を片手に集まってきた者たち広場を埋め尽くした。
「いやあ。それにしても行基の人気はすごいですなあ。これだけの人を集めるとは」
 アゴヒゲもすっかり白くなった舎人の親王がしみじみつぶやいた。
「そうですねえ。一度会ってみたいものです」
 天皇はしらばっくれて笑う。
「そう言えば、天子様がいらっしゃるときは、行基は地方に出かけているのね。いつも」
 明江はニヤリとして天皇を見た。天皇は肩をすくめた。
「唐から招いた職人達がきました」
 官人の一人が告げて、小柄な男達が五人現れた。丁寧な日本語であいさつする。天皇も気軽にあいさつを返した。
 五人の男達は、広場に集まった者たちに指示を出して大きな土の山を作った。その上にまた土を盛って山を大きくする。夕方までかかって高さ二〇mほどを山を作った。
 あくる朝、スコップのような道具を持った五人の唐人が山に登り土を削っていく。まるで彫刻のように土で仏を作っていく。一日目は首まで、二日目は胸のあたりまで、三日目で腰、四日目からは少しペースダウンして一週間で土の大仏を作った。出来たばかりの大仏に板を張り、また土で埋めていく。今度は下の方からで腰まで板を張ると上から銅を流した。順に上へと上がっていく。こうして上まで行くと土をどかしていく。その土をどかすと銅色に輝く大仏が現れた。  


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2012年08月20日

青い炎を灯せ120

 明江が平城京にもどると、東院の前で行基が待っていた。飼い主を見つけた子犬のように走りよってくると小声で話しだした。
「光明子。ありがとう。西へ向かう兵を率いてくれたらしいな」
 明江は編み笠に顔を入れて答える。
「あなたがやっていることは確実に形になっています。この国の人々は、自分たちの手で国を護ろうとしていますよ」
 明江は西へ向けた兵達が自分の意志で立ち上がり、何人かは都にもどらず西に向かったことを告げた。天皇は小さくうなずいた。
「これって、もしかして長屋王が護ってくれているのかな」
 天皇は小声で言った。明江は天皇を見てうなずいた。
「ねえ、飛び火野の北に空き地があったよねえ。あそこに大きな仏様つくりましょうよ。遠くからでも見えるように」
 明江は自分で言いながら、21世紀からタイムスリップする前を思い出した。長屋王と言う偏屈者一人の魂を慰めるために大仏を作ったことを怒っていた自分がおかしい。思いを理解してもらえれば人々は苦しい生活のなかで喜んで大仏づくりに参加するだろう。
「私も思っていた。どんなことをしても、長屋王にゆるされることにはならないだろうが、せめて、こんなに美しい心だった。こんなに大きな心だった。ということは表せる気がする」
 天皇が言った。  


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2012年08月19日

青い炎を灯せ119

三蔵がポツリと言った。明江は不思議な思いでそれを聞いた。
一週間がすぎた。三蔵は都にもどった。明江と三河丸が中心になって西へ進めていく。はるかに瀬戸内海が見え始めたころ、太宰府からの早馬で出会った。東人の軍勢が太宰府を制圧したという。明江と三河丸は都へもどることにした。いっしょにいた男達も引き返す。
「あのう。俺たち、このまま、西に進んでもいいですか?」
 都から来た男の一人が明江の前に来て言った。
「都に家族がいるでしょう」
 明江は男の顔をのぞきこんだ。
「今は行基さまのおかげで米がちゃんと取れるようになりました。俺がいなくても妻も子どもも干上がることはありません。だけど、隣村の者たちでさえ、飢えて苦しんでいました。行基様がいくら達者なお坊さんにしても、すぐに全国を回るのは無理です。だったらせめて俺たちが、畑を作ったり水を引いたりの手伝いをして行きたいです」
 男の言うことを聞きながら、明江は目に涙がたまっていた。
「分かりました。それでは、私からお願いします。行基に代わって西の国々を豊かにしてください」
 そう言ってから、土で出来た鈴を出した。男に渡しながら小声で言う。
「地方の官人に会えば、誤解をまねくでしょう。何か言われたら、この鈴を見せて『光明子から頼まれた』と言ってください」
 明江は静かに言って男を送り出した。そして、都へともどっていった。
   


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2012年08月19日

青い炎を灯せ118

「それ、ほんとなのか?」
 隣村の男がゆっくりと顔をあげた。ほかの者たちも男を見た。
「ほんとなんだよ。おれも最初は信じられなかった。だけど、荒れ地を切り開いて、水を引くのを教えてくれた」
 都の男が言うことを、相手は半信半疑で聞いていたが、玄奘三蔵が口をはさんだ。
「この人の言うことは本当です。確かに不思議な僧ではありますが、伝える技術は唐のしっかりとしたものです。それだけではありません。行基さんは、人の心に炎を灯していきます」
 三蔵の言い方は素朴だったが、相手の男には響いたらしい。手のひらをじっと見てから仲間に目を向けた。
「信じてみるか」
 まわりの男達もうなずきあった。
「行基さんが来られるまでは、俺たちがなんとかする。だけど、まずは謀反を鎮めよう」
 都の男が言って、隣村の者たちも仲間になった。
 そのとなり村でも、同じようなことが起こった。またその隣でも仲間が増えた。3日ほど進むうちには西に向かう軍勢は万を超えて朝廷が用役として集めた兵の数を超えた。
「昔、唐の国で革命が起こった時と同じです」
 三蔵がポツリと言った。明江は不思議な思いでそれを聞いた。  


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2012年08月16日

青い炎を灯せ117

 西から吹く風が土煙を運んできた。明江の顔が引き締まる。
「さあ、みんな、戦うよ」
 明江は右手をふりあげた。男たちが答える。玄奘三蔵もうなずいて歩き出した。
 
 砂煙の中から、群衆が現れた。みんなボロボロの布を身にまとい、手に持っているのは木の棒くらいだった。明江達の群れより人数は多そうだが、戦う気力があるようには見えない。
「ああ。隣村のやつらだ」
 明江の横にいた男がつぶやいた。
「おおい。なんでこんなことしてんだ?」
 男が笑って話しかけると、隣村の男は焦点の合わない目をして弱い声を出した。
「遠くで反乱が起こったらしい。どうせこのまま死んでいくなら、俺たちも一か八かやってみるだ」
 男はゆっくりと手にしていた棒を持ち上げた。
「やめろよ。そんなもんじゃ国は変わっていかないんだ」
 都の男が楽々と棒を取り上げた。隣村の男はへなへなと座りこんだ。他の男達も同様に都の者の前に屈していく。あちこちからすすり泣きが聞こえた。
 明江は複雑な思いで見ていた。行基として天皇がやっていることは都から1ッ歩出れば届いていないばかりか逆に恨みさえもっているのだ。
 都の男が隣村の男たちの前に出た。
「みんな聞いてくれ。行基様というすばらしいお坊さんが、田んぼを作ってくれるぞ。もうすぐそっちにもいくぞ」
 男達は目を輝かせて言った。  


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2012年08月15日

青い炎を灯せ116

「ありがとう。こうして、国を思ってくれる人があれば、大丈夫です」
 明江は男達に頭を下げた。中の一人が笑って手をふる。
「自分たちの国を護るんです。誰にお礼を言われることもありません」
 明江は大きくうなずいた。玄奘三蔵も横で微笑んでいる。
「私は御仏に祈りましょう」
 そう言ってお堂に入っていった。お堂の中から読経が聞こえてくるとその屋根をやぶって、黒い竜が舞い上がった。竜はいやな笑いを浮かべて明江に迫ってくる。
「光明子。思い知るがいい。国はこうして荒れていくのだ」
 竜の口からは生臭い風がふいた。明江が大声をあげた。
「大津の皇子。あなたのうらみがどんなに深いか知らない。でも、私は負けない」
 明江の声に同調して、鍬や備中を持った男達が両手をふりあげる。
「どんな敵がせめて来たって、俺たちは護る。俺たちが作った畑なんだ。寺や建物も俺たちが造ったんだ」
 男達が口々に言った。竜は身を翻して男達に迫ってくる。男達は鍬をふりあげた。
 そんなことを何度かくり返すうちに、お堂から三蔵が出てきた。大きな数珠をふりあげて竜に投げつける。数珠ははじけて竜とともに消えた。
「たいへんだ。賊軍が押し寄せているらしい」
 馬に乗った官人が顔色を変えて飛び込んできた。  


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2012年08月14日

青い炎を灯せ115

 天皇は大野の東人を将軍にして太宰府に向かわせた。都の警備をしていた兵達をつれて西へ向かっていく。
「さあ、私たちは都を固めましょう」
 明江が声をかけると、舎人の親王が三河丸を連れて出ていった。清涼殿に明江が残ると、天皇は僧の姿になった。明江が顔をのぞきこんでにやりとする。
「行基の方が人がついて来ますね。あなたは旅行に行っていることにします」
 明江が言うと、僧形の天皇は笑ってうなずいた。そしてこっそりと出ていった。天皇が清涼殿を出ていったことを確認すると、明江は着替えて薬師寺に向かった。途中、男達がわさわさとしている。どこかで噂を聞いたのだろう。
「皇后様。たいへんですね。太宰の府では、謀反人が出たとか」
 玄奘三蔵が走りよってくる。
「今は、みんなで国を護ろうと思って。それだけです。さきほど、行基も町に出ていきました」
 明江の言葉に、三蔵がうなずく。
「だいじょうぶです。みんなで護ろうとする国が滅びることはありません」
 三蔵が言い終わったところで、男達が走り込んできた。手には鍬や備中を持っている。
「今、行基様から聞きました。この国は、俺たちで護ります」
 男達は言った。  


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2012年08月12日

青い炎を灯せ114

「こういう時は、とにかく一つにまとまることです」
 明江の言葉に天皇がうなずいた。胸に手をあてて目を閉じ何度も首をたてに振っている。
「天子様。まずは三関をふさぎましょう。不破と鈴鹿の関をふさげば、海上からの軍は防げますし、西に乗じて東国の不満分子が決起することも抑えられます」
 あわててやってきた真備が言った。彼は唐で兵法も学んでいる。
「なるほど、関を押さえておいて、あとは防人に行っている兵達に、赤間が関(関門海峡)を押さえさせればいい。船を使った手旗信号で急をしらせればいい」
 後からやってきた玄坊がうなずく。この当時の通信手段で海上の船が旗を揚げて数キロごとにならび、関をふさぐ等の簡単な通信は出来たという。奈良の都から、早馬で難波までぬけ、そこからの通信で関門海峡まで二時間ほどで通じたと伝えれている。
「でも、それでは都の警備が薄くなります」
 一人の官人がつぶやいた。一度は明るい顔をとりもどした天皇の顔がくもる。明江が口を開いた。
「兵士でなくても、都を護れると思いませんか」
 明江は天皇と真備を見た。真備がゆっくりとうなずく。
「この前の火事といい、奈良の人たちの国を思う気持ちは強いです。護れるかも知れません」
 真備の言葉に、天皇がうなずいた。官人たちも動き出した。  


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2012年08月06日

青い炎を灯せ113

 藤原四兄弟がいなくなってから、朝廷の重臣は様変わりした。吉備の真備、玄肪、橘の諸兄と言った遣唐使帰りの者たちが幅を利かせるようになった。今まで国を動かしていた藤原氏の一族は朝廷の片隅においやられていた
 四兄弟の一人宇合の遺児は九州に行かされていた。
 天皇は久しぶりに平城京にもどっていた。清涼殿で明江とゆっくりしていた。
「天子様。火事の時はどうなるか思いましたが、最近、人々のがんばりで世の中が落ちついてきましたね」
 明江の問いかけに、天皇がうなずく。ゆっくりと時間がすぎていた。久しぶりに安心出来る時間だった。
「天子様。九州で兵があがりました。太宰府が炎上しました」
 九州からの使いが汗まみれで飛び込んできた。天皇が青ざめた顔で立ち上がった。
「唐が攻め込んだか? 遣唐使は送ってあるのに」
 天皇はその場でくるくる回った。
「落ちついてください。真備たちに相談しましょう。唐の国のことならくわしいでしょう」
 明江は言った。二一世紀に習った日本史を思い出す。確か朝廷に役人が謀反を起こしたはずだ。
「天子様。唐の軍勢ではありません。太宰の司、藤原広嗣様が兵をあげました」
 使いの者は宇合の息子の名をあげた。
「広嗣が?」
 天皇が叫んだ時、明江は宙をにらんだ。清涼殿の中には黒い霧が立ち、ぼんやりと大津の皇子の顔が見えた。
「大津の皇子。あなた、また」
 明江がさけぶと、霧も大津の皇子も消えた。  


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2012年08月04日

青い炎を灯せ112

 天皇は朝の会議で以前より発言が多くなった。藤原四兄弟がいなくなったことで気楽に発言できるようになったらしい。
「すばらしい知らせがあるぞ。唐の国のすばらしい僧でいらっしゃる鑑真和上が、大和に向けて出発されたらしい。遣唐使から報告を受けたが、今回三回目の挑戦だ」
 天皇ははれやかな声を出した。前の二回は嵐のために船が転覆して果たせないでいた。
「今度はうまくいきますように祈っております」
 群臣の一人が立ち上がった。
「そうだな。唐招提寺で戒を授けていただける日も近いな」
 天皇はつぶやいた。
「それにしても、鑑真和上はどうして、命までかけて日本へこられるのでしょう」
 若い官人が独り言を言った。横から年輩の官人が口をはさむ。
「前になくなられた。長屋王様だよ。きっかけは」
「長屋王が?」
 天皇が玉座の上から声をかける。年輩の官人はは恐縮していちど顔を下げた。それから続ける。
「はい。以前、唐から生糸を贈られたことがありました。天子様は長屋王に下賜されました。長屋王はその糸で布を織り、文字の刺繍を入れました。それがあまりみごとに出来たので、お礼にと唐へ贈ったのです。その刺繍を見られた鑑真和上は感動されて、大和には行き仏がいらっしゃると大和行きを決意されたと聞いています」
 この言葉を聞いて、天皇の顔が青くなっていった。
「私は、生き仏を見殺しにしたのか」
 天皇は叫ぶと玉座をおり、清涼殿に入っていった。明江はあわてて後を追った。  


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2012年08月01日

青い炎を灯せ111

 都は順調に回復していった。天皇は信楽からもどり政治に力を注いだ。そして、午後になると決まって行方不明になる。群臣達には薬師寺に修行に行くと伝え、寺のお堂で僧衣に替えるとこっそり町に出ていった。行基である。
 明江は午後になると法華寺に出かけていく。明江に用がある群臣たちはたいていその時間をねらって法華寺へ来た。
「皇后様。不思議なものですな。地方から雑徭として人を集めていた時には進まなかった工事が、このごろは面白いように進んでいきます。それどころか働いている民の側からいろんな改善提案まで出て来ます」
 舎人の親王がやわらかい笑顔を浮かべた。
「ほんとにありがたいことです。みんなで競争して国のために働こうとしてくれます。いつぞや玄奘様が言われた桃源郷とはこのことでしょうか」
 明江が笑って答える。
「それにしても、天子様は毎日どちらへお出かけなんでしょうか。群臣の誰に聞いても姿を見たとはいいません」
 舎人の親王はアゴヒゲをなでながら首をかしげた。
「でも、人気が出ていいじゃないですか。舎人の親王。日本書紀は出来たのですか?」
 明江が話をかえると舎人の親王は逃げるようにどこかへ行った。  


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