2012年05月30日

青い炎を灯せ86

 長屋王の目を見ているうちに、明江は何も言えなくなった。心の中では国分寺のことが回っている。長屋王に話せばまた反対されると思った。
 明江の心を見透かすように長屋王は明江の目を見た。
「皇后様。私はなんでも頭から反対するつもりはありません。どうぞ、思いをお話しください」
 長屋王は明江から目を離さない。明江は観念した。
「じゃあ言います。日本中にお寺を造りたいんです。この都や藤原京にはいくつものお寺があって、仏様にあうことができますが、一歩外に出ると仏様の愛にふれることが出来ません。私はこの国中の人たちに仏様の愛を感じてほしいんです」
 明江が言う間、長屋王は瞬きもせずにいた。そしてゆっくり口を開いた。
「私も同じことを思っていました。仏像だけでなく、行基のような僧を送り出して各国で人々の心を豊かにしたい」
 長屋王の言葉に、明江は目を見はった。長屋王は反対すると思いこんでいたのに、なんだか拍子ぬけしてしまう。
「でも、国は今たいへんな所なんでしょう。飢えに苦しむ人がたくさんいて、ひどい病気が流行っているんでしょう」
 明江の方がそんなことを言った。長屋王はゆっくりうなずいた。
「そうです。だからこそ、国中に寺を建て、行基のような僧を派遣するのです。私も皇后様が法華寺で炊きだしや風呂治療をはじめるまで、寺はただ国を護るためだけのものだと思っていました。今は違います。寺を建てて人々の心から暖めて行きましょう」
 長屋王の言ったことに明江はうれしく思いながら、何か心が晴れない気がした。  


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2012年05月29日

青い炎を灯せ85

 いつになく、長屋王の顔が冷たく見えた。あんな夢を見たせいだろうか。明江は一度視線をそらした。
「行基は人気があるようです」
 長屋王はひらべったい言い方をした。それが明江をいらつかせた。
「長屋王。なにが言いたいの?」
「私はただ、天子様がいい気持ちになりすぎはしないかと」
 長屋王はそこで言葉をきった。
「あなたってねえ、私が皇后になるのも反対したよね。今度のことだって、宇合兄さんの方がよほど話がわかるわ」
 明江が大声をあげると、長屋王は明江を見た。深い海のような澄んだひとみが、今はバカにされているようで腹が立ってくる。
「ねえ、どうしてそんなふうに、人を見下ろすの? あなたから見たら、みんながバカに見えるんでしょ。私も天子様も」
 明江はいきりたった。なんだか自分でもやつあたりのような気がする。長屋王がもっと深いところで何かを感じているのは分かるのに……。
「私は天子様も皇后様も大切に思っております。ただ、私の方が少しばかり長く生きておりますので、よけいなところに目がいくのかも知れません。お許しください」
 長屋王は言いながら頭を下げた。あいかわらず表情は変わらない。  


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2012年05月28日

青い炎を灯せ84

 明江は清涼殿にもどると横になった。信楽で行基になった天皇に会ったことを思い出した。いつになく元気な顔、そして、飛び火野で人たちの顔に重なった。大きな仏様を作ってみんなに拝んでもらいたい。都にいる者に限らず、みんなが仏にふれる機会があればいいと思った。今度天皇に会ったら国分寺を提案してみようと思った。
 安心して眠ったはずなのに、夢の中には大津の皇子が現れた。
「寺だ? 仏だ? 笑わせるな。そんなもので、国が守れると思うなよ。一日の半分以上は夜なのだ。闇なのだ。は~はっはっは~」
 明江はその恐ろしい顔をにらみ続けた。やがて、怒りにゆがんだ顔はゆるまり別の顔になっていく。そしてなんと長屋王にかわった。ゆったりと微笑んでいる。
「長屋王なの? 大津の皇子じゃないの?」
 明江が叫ぶと長屋王の顔から微笑みが消えた。能面のような無表情で見下ろしている。こうして見ると長屋王は大津の皇子に似ていると改めて思った。血筋で言えば当然で、長屋王は大津の皇子の甥にあたる。天武天皇の血を引いているのだ。そう思うと、長屋王の無表情が急に気味悪く見えてきた。
「長屋王。あなたはほんとに国のことだけを思っているの?」
 明江のしぼりだすような声に答えるかわりに、長屋王の姿がゆっくりと消えていった。
 明江は目をさますと、体中汗をかいていた。

 朝になり、着がえをすませると長屋王の邸に向かった。信楽に遷都したとはいえ、長屋王や宇合たち重臣は信楽と平城京を行き来していた。かなりの確率で会えるのだ。
 運良く? 長屋王は邸にいた。
「これは皇后様。信楽へでかけられたと聞きました」
 長屋王は深く頭を下げた。そんな態度さえも、今の明江にはなんだか空々しく見えた。  


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2012年05月27日

青い炎を灯せ83

 明江は平城京にもどると輿に乗って飛び火野に出かけてみた。春日の山には小さな社が建ち、いくつか石灯籠を出来ていた。21世紀の記憶では、この山が春日大社となっている。
 坂を下りると猿沢の池が見える。この上あたりが興福寺で、その北側が東大寺になるだろう。
 明江は大きな腹をかばいながら、ゆっくり坂を上がった。そのまま法華寺に向かって歩いていく。今立っているあたりが、近鉄の駅のあたりだろうか。とすれば、ここで彼女はタイムスリップしたことになる。もどれるのだろうか。あの時代へ……。
 そして、奈良の時代も大きく動きはじめていた。そこに巻き込まれている自分をふしぎな気持ちでながめている。
 気がつくと回りに、どろだらけの者たちが集まっていた。
「皇后様。ありがとうごおざいます。おかげさまで、病気の者たちも、法華寺で助けられています。仏様はありがたいです。そして、皇后様もありがたい。私の家族にもあなたのお姿をお見せしたいんです」
 人々は口々に言った。明江はちょっとくすぐったい気持ちになった。三河丸が言っていたことを思い出す。
「地方にも、法華寺のようなお寺を建てられたらいいですね。天子さまに伝えておきます」
 明江はいい気持ちで清涼殿に帰った。  


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2012年05月26日

自転車は乗れるぞ!

 私(50才 ♂)は小3まで自転車に乗れませんでした。
 小学生のころ、それは大きなコンプレックスでした。で、どうやって克服したかを発表します。答えは二つに分けることです。そうです。自転車の極意は、バランスとペダルを漕ぐことです。

 怖いことを知らないうち(小学校2年ぐらいまで)は、この二つのテーマをいっしょにやっつけます。→乗れるようになります。
 大きくなると、頭が先に立って二ついっしょに克服できません。

 そこで、二つに分けます。まずはバランスをとることに集中します。ペダルを漕ぐことは考えません。
 具体的にはサドル(座るところ)を下げられるだけ下げます。出来れば、両足がべたっと付いて膝が曲がるくらいが理想です。この状態で歩きます。ここが一番大事です。30分くらい歩いたら、地面から足を離す時間を延ばしていきます。(ペダルが邪魔なら工具ではずします)1秒から2秒…5秒10秒とのばしていきます。5秒を超えれば最高です。3秒でもかまいません。ここで1時間くらいとってください。どんどんやれせてください。そしてしっかりほめてあげてください。大げさなほどに!! 

 ここで5分休憩です。しっかりほめて、子どもさんが好きな飲み物でもあげてください。
 *もう、目標は80%達成しました。あなたのお子さんは、もうスクーターなら問題なく乗れます。小学生はスクーターは乗れませんが……(ちなみに鈴鹿サーキットなら乗れます)

 あとは気長にペダルを足で動かすだけです。笑えるほど簡単に出来ます。(私は43年前出来ました)
 
 ほとんどの場合、これで乗れるようになります。

 もし、万が一だめでも、子どもさんを責めないでください。がんばったことがすばらしいし、なにか出来るより、その子がその子らしくいられることが一番大事です。百人いれば百通りのかっこよさがあります。

 楽しく行きましょう!!(笑)  


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2012年05月24日

青い炎を灯せ82

 明江は行基と粘土の仏様の前にいった。なんだかほほえみかけられている気がする。
「行基さん。天子様はいつ帰っていらっしゃるの?」
 誰が聞いているかも知れないので、あえてそんな言い方をした。編み笠がちょっとゆれた。
「私には2週間ほどだとおっしゃいました。鈴鹿に寄ったあと伊勢を回って帰られるそうです」
 その言い方はつらそうだった。明江にはいたいほど気持ちが分かる。行基は天皇になどもどりたくないのだろう。宇合をはじめとして群臣達は勝手なことをするし、国中は疫病が流行っている。権限はないのに責任ばかり取らされることに疲れている。
「行基。天子様はたいへんだよね。あなたは行基でよかったね。がんばって大仏つくってね」
 明江は行基の手を両手でにぎった。行基は編み笠の中で笑う。
「皇后様。この粘土の仏様を土で覆って、すき間を作りそこに銅を溶かして流します。ちょうどいいことに銅山も今年10年目を迎えて出土量も増えてきたと聞きました」
「楽しみにしています。国のため、民のため、がんばってください」
 明江は言いながら、キラキラ輝く仏像を想像した。21世紀に東大寺で見た大仏は黒かったが出来上がったばかりの大仏はどんなにきれいだろうと思った。

 明江はその夜は信楽に泊まり、あくる朝平城京へもどっていった。  


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2012年05月22日

青い炎を灯せ81

「唐のお坊さんから聞きました。るしゃな仏は、宇宙のすみずみまで照らす仏様です。見た人々を苦しみから救ってくれるはずです」
 行基は明江をまっすぐに見た。明江は心の中で思った。
「それで、遠くからでも見えるように大きくしたのか。まあ、大仏も意味があったんだ」
 宇合がどこかから現れて明江に口を出した。
「光明子。すごいだろう。唐の長安にもな、こんな大きな仏様はないらしい。おれたちは、仏教の先輩、唐を越えるのだ」
 宇合は子どものようにはしゃいでいる。明江は内心あきれた。平城京では、藤原氏の氏寺も建設計画が進んでいる。明江はちょっと皮肉を言いたくなった。
「宇合兄さん。兄さんをはじめとして、藤原氏の群臣が国を思い、民の暮らしを一番にがんばっているから、仏様も天から応援してくれるのよ」
 これを宇合は皮肉と取らなかった。しばらく腕を組んでから微笑みをうかべた。
「光明子。おまえをやっと皇后らしくなって来たなあ。えらい。そうだよねえ。おれたち藤原ががんばっているからこそ、多少疫病がはやっても、みんなそれなりに生きていけるんだ」
 宇合は明江の肩をだいて、顔中で笑った。

 明江は編み笠の中の行基と目を合わせ苦笑いした。  


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2012年05月21日

青い炎を灯せ80

 明江の一行が信楽に着くと、群臣たちが出迎えてくれた。話には聞いていたが新しい都とはとてもいえない山の中のへんぴな所だった。低い山の間に少し大きめの寺くらいの建物がある。これが太極殿で朝の会議をはじめとして、官人たちの仕事の場でありその奥の一間で天皇は寝起きしているらしい。もっとも天皇は今鈴鹿へ旅行に行っている(ことになっている)。宇合たちをはじめとする群臣たちは、近くに小屋を造っていると聞いた。行基もその先に小屋を建てたと言う。
 群臣たちのあいさつが終わると、深く編み笠をかぶった行基が現れた。
「皇后様。遠いところお疲れさまでございます」
 うつむいた行基が小声で言った。明江は宇合の目を気にしながら近くに寄った。
「行基さん。ちゃんとご飯食べてますか? お風呂を入ってますか?」
 小声で言いながら、編み笠をのぞきこんでニヤリとした。編み笠が小さく震えてうなずいているのが分かった。そこで明江はわざと大きな声を出した。
「天子様は今ごろ、どのあたりまで行ったでしょう。行基。ちゃんと天子様の言いつけは聞いていますか?」
 明江の言葉に、行基も背筋を伸ばす。宇合が不思議そうに見ていたが気にもしない様子だった。
「皇后様。おもしろいものをお見せします。少し歩けますか?」
 行基は深く頭を下げて、先に歩き出した。明江も後について歩いた。2.3分も歩くとあたりはもう木に囲まれる。そんな中にぽっかりとすき間が出来、五mほどの仏像が現れた。明江が二一世紀の記憶をたどる。どうも大仏の形に似ている。行基はニコリとした。
「粘土で作ってあります。唐の僧に聞きました。るしゃな仏と言うそうです」
 行基はうれしそうに指さした。   


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2012年05月20日

青い炎を灯せ79

 明江が清涼殿で一人でいると宇合がやってきた。いかにも兄と言う態度でなれなれしくものを言う。
「光明子。どうだ。体の調子は。そんなとこに一人でこもっていてもつまんないだろ。どうだ、信楽に行ってみんか」
 明江はちょっと気分が晴れた。宇合の無神経さが今日は気を楽にしてくれた。
「兄さん。行ってみる。信楽。私もみたいもの」
 明江は答えながら、頭の中で21世紀の知識を広げていた。信楽と言えば、タヌキの置物、それに甲賀忍者の里も近い、でも両方ともまだこの時代にはないだろう。そんなことを思ったら笑いがこみあげてきた。
 明江は女官に出かける準備をしてもらい、輿にのって信楽に出発した。早朝の大和路を10人ほどの警備の兵と身の回りの世話をする女官が5人、その列の後ろから宇合が馬に乗ってついてくる。大きなお腹をかばいながら、明江は21世紀の自分とこれから天皇(行基)に会いに行く自分を思った。どちらも幻のような気がした。
 日が高くなってくると、平野が遠くまで見通せる。行基が開いた畑だろうか農民達が生き生きと働いているのが見える。あちこちに新しいため池と水の流れる水路があった。わずかの間に行基は民とがんばったんだなと思えた。なんだか早く行基に会いたくなった。  


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2012年05月19日

青い炎を灯せ78

 明江は次の日、一人でゆっくりすごした。午後になると歩いて法華寺へ向かった。粥を配っている尼さんが心配して寄って来ても軽く手を上げて断った。三河丸が人混みから現れて頭を下げた。
「ねえ、三河丸。寂しいと思うことってない」
「やっぱり、夜はさびしいね。だけど、夢で見るから寝ちゃえばいいかな」
 三河丸は明るく答えた。明江は重ねて聞いた。
「三河丸はどこで寝てるの」
「そこにある木の下。風で揺れると枝の間から星が見えるよ」
 明江は三河丸を見た。なんだかうらやましい。
「私も今度、木の下で寝てみようかな」
 明江はいたずらっ子みたいな笑顔になった。
「皇后様がこんなとこに寝ていたら、大騒ぎになるよ」
 三河丸が笑った。明江はちょっと救われた気がした。

 その夜、明江は21世紀の夢を見た。学生時代からの友だちと奈良の街を歩いていた。猿沢の池のまわりには土産物屋がならび、修学旅行の学生が大勢通り過ぎる。明江は大きなお腹を抱えて歩いた。すれ違う人々は気を許すと、平城京風のすがたになった。
「ねえ、明江、その子って誰の子?」
 友だちが聞いた。
「天子様の子よ」
 言いかけて思わず口をつぐんだ。そして目が覚めた。あたりを見まわしてみてもやっぱり奈良時代の清涼殿だった。  


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2012年05月18日

青い炎を灯せ77

 次の朝、長屋王が訪ねてきた。ともの若い官人に荷物を持たせている。信楽であった行基に対する詔のようすを伝えた。そのあと、ともを下がらせると表情をやわらげた。
「皇后様。お体はいかがですか?」
 長屋王の笑顔にふれても前のような暖かさは感じなかった。前の日に大津の皇子がおかしなことを言ったせいだろうか。今、明江が天皇の次に信頼しているのが長屋王とは言え、彼が明江に害をなすとは思えない。それは頭では考えているが、大津の皇子の言ったことが胸にひっかかった。
 長屋王は荷物の中から、小さな枝を出した。明江の前でゆらゆらと揺らす。なぜか明江は気分が悪くなってきた。長屋王は静かな声を出した。
「皇后様は、今不安に襲われているようです。唐の僧たちから聞いた呪いの一種です」
 長屋王は明江のお腹の前で枝を揺らした。明江は胃をつかまれるような気がして思わずうずくまった。
「長屋王。やめて、苦しいの我慢できない」
 明江はやっとそれだけ言った。長屋王は手を止めて明江をのぞきこんだ。
「すみません。呪いが強すぎたかも知れません。今日はここまでにしましょうか」
「今日はじゃなくて、もう、この呪いはやらないで」
 明江の声はうらがえった。長屋王はとまどった目をした。二人の間にいやな沈黙があって、長屋王はやっと口を開いた。
「失礼します。どうかお気持ちを楽になさってください」
 長屋王は頭を下げて出ていった。  


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2012年05月17日

青い炎と灯せ76

 舎人の親王が帰っていくと、明江は横になった。お腹が大きくなるに従って疲れやすくなってきた。体が重くなったせいもあるが少し人と話しただけで頭がフラフラすることがある。頭だけでなく心も不安定になるのか、以前より悲しみとか寂しさにとらわれることが多くなった。
 21世紀のことを思い出す。一眠りしたら21世紀にもどっていないだろうか。そんなことを急に思った。天皇が信楽に行ってしまって一人になった感じもあるのだろうか。
 落ち葉が風にまうようにまどろんでいった。
「光明子。眠っている場合か? おまえはとんでもない間違いを犯したのだ。感じるがいい。後悔するがいい。そしておまえ自身も地獄に落ちるがいい。お腹の子どもといっしょに」
 暗闇の中で声が聞こえる。どこかで聞き覚えのある男の声だった。
「あなたはだれ?」
 明江は声に向かって叫んだ。声はそれには答えない。ただ呪いの言葉をくりかえした。なま暖かい風が吹き、獣のにおいが漂ってくる。目を開けてもなにも見えない。
「ここはどこ? お願い答えて」
 明江は泣きながら声をしぼった。
「そうか。一つだけ教えてやろう。光明子。おまえを苦しめている人物はなあ。おまえの近くにいる。そして、おまえが信じている人物なのだ」
 声はそこまで言っていやらしく笑った。明江は声の主を思いだした。
「あなた、大津の皇子? そうなのね。いったいどういうつもり?」
 明江は闇に向かって叫んだ。すると闇にひとすじの光が走り、血にまみれた大津の皇子が浮かんだ。空いっぱいの大きさだった。
「分かっておるか? それならいい。私はおまえの味方なのだ」
 大津の皇子そこまで言って消えた。そしてまた闇があたりをつつんだ。明江は声も出せずに泣いた。

「皇后様。いかがされました」
 遠くから声がする。目を開けると女官が心配そうにのぞきこんでいた。  


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2012年05月17日

青い炎を灯せ75

 明江は自分のお腹をさすりながら三河丸に声をかけた。
「ねえ、もしもも、もしも天子様の命令で行けるとしたら三河に行きたい?」
 明江の言葉に三河丸は目を合わせずにうなずいた。本気にしてないんだろう。またもし、本気にすればぬか喜びするだけで、後でがっかりして傷つくと思っているのだろうか。
「ごめん。へんなこと言ったね。忘れて」
 明江は三河丸に謝りながら、ちょっと悲しくなった。お腹の子どもに21世紀を見せるそんなことをふと思っていたらしい。三河丸はいつもの笑顔を見せて帰っていった。
 三河丸と入れ替わりに舎人の親王がやってきた。日本書紀の編纂で忙しかった彼は信楽に同行していない。大して期待もせずに三河丸のことを話してみた。
「皇后様。どうなるかは分かりませんが、ちょっとおもしろい話があります」
 そう前置きして、舎人の親王は話し出した。日本全国に国分寺という寺を造る計画があるらしい。もちろん三河にも国分寺を建てることになる。その際の役人として誰かを派遣することにはなるので、三河丸を送り出してやることも出来るということだった。
 明江は思わず身をのりだした。
   


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2012年05月16日

青い炎を灯せ74

 その日、明江は清涼殿でゆっくりめざめた。三河丸が宮のすぐ下まで来ていて、信楽の宮で行基の大僧都就任の詔が出されたと聞いた。長屋王が唐の僧に提案してもらい天皇不在の中、行基本人に伝えられたと言う。信楽の宮には大勢の農民がお祝いに集まったとも知らされた。身振り手振り話す姿を見ていると21世紀のテレビのレポーターを思い出した。そう言えば、もうしばらくワイドショーも見てないなあと思って苦笑いする。
「ねえ、三河丸。あなたには親や兄弟はいないの?」
 明江は急に三河丸の家族を思った。三河丸が笑う。
「おれの親は三河の国にいるよ。なんにもない田舎でさあ、この御殿なんか一度でいいから見せてやりたいな」
 三河丸は遠い目をした。
「ねえ、三河には帰らないつもり?」
 明江の問いかけに三河丸は笑って手のひらをふった。
「三河は遠いよ。それに旅の途中食べる干し飯も手に入らないし」
 三河丸はさびしそうだった。明江にもこみ上げてくるものがある。
「でもさあ、三河丸はいいよ。離れていても陸続きだもん。三河は」
 明江は言いながら一粒涙をこぼした。三河丸はまばたきしながら明江を見た。
「皇后様。唐のお坊さんみたいなこと言うんだ」
 明江はうなずきながら自分のお腹をなでた。中でゆっくりと動くのを感じた。  


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2012年05月16日

青い炎を灯せ73

 天皇が帰って行くと明江は長屋王を呼んでもらった。長屋王は行基が天皇自身であることを知っている。そして、左大臣として朝廷の中枢にいて信楽と平城京を行き来しているので、天皇が旅行に出かけることがあれば留守の司として職能代行ができる。
「皇后様。それは良いお考えだと存じます。今、民の心は天子様から離れています。それを取り戻すには大仏建立、そして、行基様の人気は大きいでしょう」
 長屋王はすぐに納得して信楽へ向けて発った。天皇の旅行(のふり)の手配も引き受けてくれた。明江は安心した。
 その次の日、信楽からの使いが来て天皇が鈴鹿へ旅立ったことと、その出発間際に行基を大僧都(仏教界の最高位)にするように詔して行ったことが伝えられた。その日は何事もなかったが、次の日には宇合が明江を訪ねてきた。腕を組んだままでうろうろしている。
「まったく、どうなっているんだ。天子様は。何が旅行だ。それも、長屋王なんぞを留守の司にして、行基を大僧都だと」
 鼻から火を噴きそうな怒り具合だった。明江はそばに行ってニコリとする。
「宇合兄さん。そんなに怒らないで。行基は民に人気があります。敵に回すよりは、ここは味方につけましょうよ。どうでしょう。行基に人を集めてもらって私たち藤原氏の氏寺を建てるというのは」
 明江の言ったことに宇合は一度宙を見た。それから目を輝かせてうなずいた。
「光明子。おまえにもそんな気持ちがあったのか」
「あたりまえでしょう。兄さん。私だって藤原氏の血が流れているのよ」
 明江は言いながら、心の中で舌を出していた。  


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2012年05月15日

青い炎を灯せ72

「行基を認めるって、どうすればいい?」
 天皇は落ちついて座り直した。明江は少し考えてから口を開いた。
「鎮護の僧として認め発表するのです」
「でも、ぼくは一人しかいない。ぼくが詔を発してぼくが受けるのか」
 天皇はまた不安顔にもどった。明江はゆっくりとうなずいた。
「大丈夫。天子様。あなたはよく旅行をされる。そして、天子様の留守は長屋の王が代理を務めています。ですから長屋王が詔を読み上げて、僧形の天子様が行基として受ければいい」
 明江の言葉に天皇が明るい顔になった。明江を見てうなずいた。
「分かった。さっそく旅行に出かけよう。どこに行こう」
 天皇は遠足前に子どもみたいな顔になった。明江はなんだか母親か姉のような気持ちになる。
「そうね。どうかしら、伊賀を超えて鈴鹿へでも出かけられたら」
 明江が言うと天皇はうなずいた。明江がうすい笑顔を浮かべた。
「天子様。ほんとに出かけるのではないですよ。信楽の都を出たらすぐにこっそりもどって行基になるのですよ」
 それを聞いて天皇は苦笑いした。  


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2012年05月14日

青い炎を灯せ71

 宇合は打たれた頬を押さえながら明江を見た。明江は宇合を見すえた。
「兄さん。いったいどういうつもり? 急に暴れ出したって、まわりには大勢の人がいたんでしょ。殺すことないじゃない。それに、みんなのさらし者にして、すぐにお墓に葬ってあげて」
 明江は金切り声をだした。宇合はオロオロしながら下の者に指図して五つの首を下ろさせた。
 明江は集まっていた人たちに向かって大声を張り上げる。
「皆さん。たいへんな誤解があったようですが、行基さんはすばらしいお坊さんです。私もよくしっています。これからもいっしょにがんばってください」
 明江の良く通る声が人々を寄せた。どんどん集まってくる。その人の輪の中から宇合は逃げるように消えた。明江は人々にもみくちゃにされながら輿にのり清涼殿に帰ってきた。
 女官が走り寄ってくる。天皇が来ていると言う。明江が入って行くと天皇は走りよってきた。
「どうしよう。ぼくが行基になっていたことで、五人も罪もない人が殺された」
 天皇は明江の前で涙をこぼした。明江はじっと天皇をみる。
「天子様。ここは心を強く持ってください。五人には申し訳ないことをしました。ですが、ここで折れてしまったら彼らの死がむだになります」
「ぼくはどうすればいい?」
 天皇はすがるような目をした。明江は一度目を閉じて考えた。二一世紀で習った歴史を思い出す。
「天子様。唐からいらしたお坊さんにお聞きして、ありがたい仏像をつくりましょう。世界一の仏像です」
 明江の言ったことに、天皇が目を丸くした。
「仏像に、守ってもらうのか」
「もちろん、それもありますが、行基さんの人気でお金や人を集めてもらうんです。あと、宇合兄さんたちには、お寺と神社を建てさせてあげましょう」
 明江は頭の中で、東大寺の大仏、興福寺、春日大社を思い出していた。彼女の思いつきがここで歴史を作っていくのである。  


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2012年05月13日

鈴鹿山脈にのぼりました!!

 昨日、鈴鹿山脈の入道ヶ岳に登ってきました。椿大神社の春の奥宮大祭ということで宮司さんや神主さんといっしょに幟旗や神具を背負って法螺貝ならしながら行きました。総勢40名ほどの行列です。山の上から神様が見ていらしたらアリの群に見えたかも知れません。
 山頂からは伊勢湾が見下ろせました。汗だくだった体が冷蔵庫に入ったように冷えて、山を渡って来る風がどこか異界へ連れて行ってくれそうです。

 楽しかった~。けど、下山中に膝が痛くなって無事下界におりられるか不安になりました。  


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2012年05月10日

青い炎を灯せ70

「皇后様。私は今朝法華寺でうわさを聞きました。あわてて行ってみると、猿沢の池の東側に五人の首がさらされていました」
 清涼殿のうらまで走り込んできた三河丸が興奮して話す。明江はとにかく自分を落ちつかせようと胸を押さえた。気のせいかお腹もグルグル動いている感じがした。
「三河丸。先に飛火野へ行って。私もすぐにいく」
 明江はそう告げて奥に入り、女官に輿を用意させた。そしてあわてて天皇に手紙を書いてもらった。五人が殺されたこと。すぐに平城京にもどってほしいこと。それだけ書いてもらい輿にのって出かけた。朱雀大路を南に向かい左に折れるとすぐに猿沢の池に出る。広い野原には野生の鹿が遊んでいる。緑の静けさの中で人だかりが目に入る。
「あそこへ行ってみてください」
 明江は人だかりの前までいくと輿をおりて歩いた。人々の声が耳にささってくる。
「今の天子様は何を考えているんだ。病が流行り、人が死んでいるのに、高い税をとって。その税をおさめるために田んぼや畑に水を引いてくれた行基を悪者にして」
 そんな言葉があちこちから飛んでくる。ふり向いて、そこに皇后がいることが分かるとあわてて言葉をのみこみ、深く頭を下げた。中には丁寧に言い訳するものまでいた。
「光明皇后様は、ありがたいです。法華寺で何人の人が救われたか」
 そんなことを言われて、明江はよけいに傷ついた。
「皇后様。宇合さまです」
 明江を遠くから見つけた三河丸が走りよってきた。後ろから宇合が頭をかきながらやってくる。
「光明子。すまん。こいつら、急に暴れ出したんだ」
 宇合は笑いながら、サラされている首を指さした。明江は思わず右手をふりあげて宇合のほおを張った。
 大きな音がして人々がふりかえった。宇合は目を丸くして明江をみた。  


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2012年05月09日

青い炎を灯せ69

「行基というお坊さんに直接会ったことはありません。それでも、噂は耳にしていますし、いっしょに動いていた者たちには、昨日長屋王の邸で会いました。兄さんが無理やり連れて行った人たちです。話してみましたがみんな志のしっかりした者たちでした。あの人たちといっしょに動いている人なら悪い人のはずがありません。その行基っていうお坊さん」
 明江はいっきにまくし立てた。だいぶ頭に血がのぼっている。宇合がたじろいだ。両手を前に出しなだめにかかる。
「おまえの言いたいことはよく分かった。おまえが国のことを思っているのもよく分かるぞ。じゃあなあ、こうしよう、早急に天子様のまえで話しあおう。国の一大事だ。とはいっても、信楽はまだ都が遷ったばかりでここのような大極殿もないし、光明子の身重の体じゃあ連れていくのも大変だよな」
 宇合は腕を組んでうなった。
「兄さん。天子様には私から手紙を書いてある。近いうちにこちらへ来られると思います。そんなことより、行基さんの仲間の人たちを大切に扱ってください」
 明江が言うと、宇合はしぶしぶうなずいて帰っていった。
 宇合が帰って行くと入れ替わりに長屋王がたずねてきた。明江は安心して迎えた。
「皇后様。お体が大変な時にご心配をおかけします」
 長屋王が頭を下げる。明江は笑って首を振り腹をさすった。長屋王は一歩さがって頭を下げ何か呪文のような物を唱えた。明江はお腹が動いた気がした。
「長屋王。今のはなに?」
 明江の問いかけに長屋王は頭を下げたままでつぶやいた。
「無事、天子様のお子さまが生まれますように祈りました」
 長屋王はそう言って下がっていった。明江は少し安心してその日は早く眠った。
 明け方前に女官に起こされた。何でも色の黒い少年が訪ねてきて「明江に会わせろ」と騒いでいるという。明江はすぐに三河丸だと分かった。うろたえる女官をなだめて着る物を整え清涼殿を出ると、東院に続く細道で三河丸が警備の兵ともみあっているのが見えた。
「三河丸。落ちついて」
 大声でそれでそれだけ言った。三河丸は飛びあがって叫んでいる。
「皇后様。大変だ。行基様の仲間の農民が殺された。飛び火野でさらされている」
 三河丸の言葉に明江は体の力が抜けて行くのを感じた。  


Posted by ひらひらヒーラーズ at 17:34Comments(0)