2011年02月07日

田峯観音のカラスの話

 もうすぐ、鬼祭りがやってくる。この季節になると思い出す切ない思い出がある。あれは、もう10年のも前になろうか…。
 さる友人に渓流づりに誘われた。2月の半ば、午前4時雪のちらつく中豊川を出発。途中コンビ二へより弁当を買うことになった。
「おい。しらみや。渓流づりはむつかしいぞ。まちがっても魚の顔を拝めるなんて甘い事考えるなよ。楽しみはいい景色と昼飯だ。しっかり選んでうまい弁当買えよ」
 友人は笑いながら私の肩をたたいた。くやしいけど言われるまでもなく、そのつもりだ。私は手に取ろうとしていたシャケ弁当をおいて、750円もするデカとんかつ弁当を買って「楽しみは弁当だ。」と自分に言い聞かせた。
 車は山道を走りトンネルをぬけて寒狭川の上流、田峯の水神が淵についた。
 河原に弁当をおいて友人に教えられるまま胴長靴をはいた。腰まで水につかりさおを振った。なにかの視線を感じながら…。
 川に入って2時間。水の流れる音にまじって、がさがさと乾いた音がする。何気なくふりかえると川岸の私の弁当(750円)前に大きなカラスがいた。じっと私の方を見ている。私は腰まで水につかっているしなれない釣竿4,5mを持っていてすぐには岸までもどれない。
 カラスと目が合う。カラスが一声「か~」と鳴いた。「おまえ、これないだろ」といっているようだった。
 私のあきらめが視線に現れたのをヤツは見逃さなかった。袋に首をつっこむとゆっくりトンカツからくわえだした。頭がくらくらした。怒りと言うより悲しみだった。
 とんかつが食われてしまえば、ご飯と漬物とサラダだ、おまけにカラスの食べ残しだ。
「もういい。好きなだけ喰ってくれ。ゴミはおれが片付ける」
 思わず、カラスに向かって叫んだのが分かったのか、カラスはしっかり食べ散らかして舞い上がった。

 空腹と悲しみで倒れそうになりながら岸にたどりつくと、茂みから一人の老人が現れた。白いあごひげでコシミノを巻き、背中のかごからは山菜らしきものがのぞいている。
「あなたもやられましたか。ダミネ太郎に」
 老人は静かに口を開いた。
「ダミネたろう?」
「はい。あいつは、このあたりでは有名な悪いカラスなんです。いつも電線の上からねらっていて、釣り人の弁当のうまいところから盗むんです。もし、よかったら、いっしょにヤツを退治しようじゃありませんか」
 かくして、私たちは被害者の会を設立した。

 その名は「愛知県ダミネ太郎に弁当を取られた釣り人の会」(次からはダミツリ会という)
 次の週末、私は一人で田峯観音の歌舞伎稽古場に向かった。ここがダミツリ会の第1回会合の場だった。そこへ行ってみて驚いた。10人ほどの人が集まっていた。さすがにつりのメッカで名古屋の人も何人かいたし、女の人もいた。さっそく作戦会議が始まった。
 名古屋のドラッグストア社長という中年の紳士が立ち上がった。
「あのう。みなさん。ゴキブリほいほいって知ってますか? あのでかいのを作ってきました。これで捕獲しましょう」
 紳士は持っていた大きなかばんから、座布団ほどもあるネバネバつきダンボールを出した。
「この真ん中に、やつの大好きな肉やたまごをおいて。やつがはりついたらつかまえましょう」
 みんな感心して、河原へ出た。ゴキブリほいほいをおき、ダミツリ会のメンバーは草原に身を隠した。10分も待たずして、ダミネ太郎は舞い降りてクチバシから胸のへんまではりついた。それっとばかりにメンバーたちは草むらから飛び出した。やはり人間は万物の霊長だ。えらいのだ。誰のあたまにもこの思いが浮かんだことだろう。が、しかし…!ダミネ太郎は大きなゴキブリほいほいをつけたまま、ゆっくりと舞い上がった。大きな座布団が左右に揺れながらだんだん小さくなっていく。
「そら飛ぶじゅうたんみたい」
 女の人が言った。後で聞いたら小学校の先生だという。しばらくして、ダミネ太郎からはずれた巨大ゴキブリほいほいが、糸の切れたタコみたいに田峯の山に飛んで行くのが見えた。

 次の集、今度は農家のおじいさんが大きな篭をもって前に出た。
「わしら子どもの頃にねえ、すずめを捕まえるに、篭につっかい棒をして棒にひもをつけたで、それの大きいのを作っただけど」
 直径1mもあるような野菜出荷用の篭に、つっかい棒は、子どもの野球バット。そこへひもをつけて河原へおく。篭の下には肉をおいて、ダミツリ会のメンバーはまた草むらに隠れた。やはり、10分もしないうちにダミネ太郎はやってきた。でも、今回は篭の前で首をかしげている。と思ったら、バットについたひもをゆっくりと目で追っていく。その先には…。われわれダミツリ会のメンバーの潜んでいる草むらがある。
 われわれの視線とダミネ太郎の視線がぶつかる。
 ダミネ太郎は大きな口を開けて「カア~」と一声鳴いた。誰の耳にも「あほ~」と聞こえた。

 3度目の正直を運んでくれたのはお寺の住職さんだった。次の週の会合の席だった。
「うちの寺にハトがおるんですが、近所の子どもたちがいたずらでとるんです。どうやると思います? 砂で小さな山をつくりましてな、輪ゴムをうめておくんですがここに釣り糸がつけてありましてな。その上に米をまくとハトが来て、知らずに輪ゴムに足を入れるんです。そこを引っ張ると足にしっかりゴムがかかります。それを糸を引っ張ってとるんです」
 住職さんは身振りを入れて説明したけど、ダミツリ会のメンバーは半信半疑といった顔をしていた。カラスの足は大きいので、荷造り用の大きな輪ゴムにワイヤーを結んだ。
 意外や意外、これでダミネ太郎捕獲に成功した。
 使い古しの犬小屋に網を張った「カラス小屋」の前でダミツリ会のメンバーは祝杯をあげた。
「さあ、ダミネ太郎をどうしよう。焼き鳥にするか」
 最初にゴキブリほいほいを持ってきた。ドラッグストアの社長が言った。
「いやあ、あのう、憎いのは分かりますが、殺生はいかんでしょう」
 寺の住職が言った。
「でも、このまま逃がしたら、また悪さしますよ」
 農家のおじいさんが言った。みんな黙ってしまった。

「あのう。いいですか?」
 小学校の先生という女の人が遠慮がちに手を上げた。
「私、学校で、子どもたちに、いつも言い聞かせて来ました。どんな悪い子でも、何度もなんどもちゃんと話せばわかってくれました。だから、ダミネ太郎にもちゃんと話せばわかってもらえると思うんです」
 女の人の真剣な顔に、誰もが目が点になった。いったいどうやってカラスに説教をするのだろう。
「分かった。なんとかしよう」
 そういったのは、ドラッグストアの社長だった。
「今の先生の言葉で目が覚めた。力で解決するのは20世紀の方法だ。21世紀は悪にも愛で向かわねば、解決の糸口は見えてこんぞ」
 社長の目はうるんでいた。
「だけど、どうやって」
 私は思わず口をはさんだ。
「わしの家に、九官鳥がいるんだ。九官鳥も黒いし、ちょっとカラスににているじゃないか。九官鳥に通訳させればいい」
 社長は言うが早いか、車を飛ばして九官鳥を取りに行った。名古屋まで往復2時間愛のスピード違反というところだ。
 社長の持ってきた九官鳥をダミネ太郎の「鳥小屋」の前におき通訳させる。
 世間話から入って少しづつカラスの心の奥にせまっていく。
 そして、ダミネ太郎が「落ちた」。
 うなだれて、両の目にうっすらと涙を浮かべた語りだした。
「こう見えても、昔はこのへんじゃあ名の知れた。いいカラスでした。7つの子も生まれて、恐いものといえば、幸せすぎる人生(鳥生)ぐらいでした。ところが3年前、妻が急に病気になりまして。医者に見せようにも、獣医は遠い。小さな子どもたちぁ「カカア。カカア」と鳴くばかり。右も左も真っ暗闇じゃあござんせんか。
 せめてうまい物でもくわせて精をつけてやりたいと思っても、大して蓄えがあるわけじゃなし。あたしゃあねえ、自分のかいしょがないのを、どんな悔やんだことか。そんな時ですよ。釣り人の皆さん方、おいしそうな物を河原に置いておおきなさる。いいにおいがしてくりゃあ、あれを食わしてやったらカカアはどんなに喜ぶだろう。そう思ったらもう、自分はどうなってもいい。気がついたら皆さんの大事なお弁当に手をつけておりました。
 でも、悪いことはできません。田峯の観音様が『もう悪いことはするな』とこうしてお縄になる運命を下さったんでしょう。さあ、どうぞ、煮るなと焼くなよ好きにしておくんなさい~」
 最後は芝居がかって、ダミツリ会の涙を誘った。
「ダミネ太郎。お前も一生懸命なんだな。誰がおまえを殺せようか。だけどなあ、考えてみろ。そんな盗んだトンカツやたまごを食わしたって、おかみさんや、かわいい子どもたちは喜ばねえだろう。なあ、おまえの細い腕じゃねえや、羽根で稼いだ金で魚肉ソーセージの1本でも買ってやりな。そのほうがどれだけうまいか分からねえぞ。貧乏のつらさは俺も良く知ってるんだ」
 私が言うと、ダミネ太郎はじっと私たちを見て深く頭を下げた。
「許してもらえるんですか。こんなわたしを。もしお情けをいただけるなら、田峯の観音様に誓います。山へ帰っていいカラスになります」
 私たちは、カラス小屋を開けてダミネ太郎を出した。きょろきょろしながら出てくるダミネ太郎。そこへ、ドラッグストアの社長が声をかけた。
「ちょいと待ちねえ。今の気持ちをこっちも忘れたくねえよ。これ持ってきな」
 そういって500円玉を出すと、ダミツリ会のメンバーも1枚ずつ500円玉を出した。誰かがレジ袋の500円玉10数枚を入れてダミネ太郎の首ににかけてやる。ダミネ太郎は何度も振りかえりながら空へ上がって行った。
 小学校の先生が「コンドルは飛んでいく」をハミングするとみんなで合唱した。

……と。感動はたった1週間でさめるもの。次の週に集まったダミツリ会のメンバーはダミネ太郎率いる「悪いカラス軍団」にしっかり弁当を取られるのであった。やはり、大自然は恐い…。

FIN

 

 




Posted by ひらひらヒーラーズ at 23:32│Comments(2)
この記事へのコメント
面白いお話をありがとうございました。

一瞬、本当の出来事かと思いましたが、読み進めていくうちに、小説??っと思いました。

先日、映画を見たときの内容とダブり、とっても楽しく読ませてもらいました。
又、書いて下さいね。

楽しかったぁ~~です♪☆★
Posted by sallysally at 2011年02月08日 09:52
 sallyさま 
 ありがとうございます。がんばって参ります。よろしくお願いします。それにしてもブログって面白いですね。
Posted by siramiya at 2011年02月08日 20:35
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