2011年02月09日

小説 夏はいらんかね

「夏はいらんかねえ。とびっきり生きのいい夏はいらんかねえ。大きいのも百円。小さいのも百円。とれとれのピチピチだよ」
 海辺のまちに、景気のいい売り声がひびいてきました。波静かな秋の水辺は、だれも歩いていません。「海の家」と書かれた小屋の前でステテコにTシャツ姿のおじさんがヨシズを巻いています。
 柴犬のハッピーはねそべったままでと顔をあげると、ふっと鼻をならしました。首につながった鎖がチャリとなりました。そして、また地面に頭をあずけて目をとじました。
「夏はいらんかねえ~。アイスクリーム食べほうだいの夏はいらんかね~。夜は花火、昼は海であそべるよ~」
 声はだんだん近づいてきます。ハッピーは鼻にしわをよせて頭をぶるぶるっとふりました。ハッピーに限らず、犬は夏がきらいです。ちょっと走ると、舌を出してハアハア言っちゃいます。
「夏はいらんかね~。盆踊りに、川遊び。虫取りに、海水浴。七時になっても明るいよ~」
 とうとう声は犬小屋のまえまで来ました。そこでとまって、つづけます。
「夏はいらんかね~。今ならもれなくスイカと、冷やし中華がついてるよ~。思い出はできたかね~。大きいのも百円。小さいのも百円。もうすぐ売り切れだよ~。早く来ないと行っちゃうよ~」
 ハッピーはゆっくり立ち上がって、一度体をぶるぶるっとふるわせると、声のする方をにらんで、う~っと低いうなり声を上げました。いつもやってくるイタズラこぞうたちは、これでわーっと逃げて行きます。ところが・・・。
「はい。いらっしゃいませ。どのような夏がおのぞみですか」
 はずんだ声が近づいてきました。あちこちやぶれた麦わら帽子です。てっぺんに「とっびきりの夏」と書いた縦長の旗がたててあります。ハッピーはちょっと怖くなってきました。こんなバケモノ見たこともありません。
帽子だけが飛び跳ねてくるんです。思わず後ろ足にシッポをはさんで後ずさっていきます。一歩また一歩と下がっていくうちに、小屋のかべがおしりにあたりました。仕方なく、頭をさげたままで、「きゃう~」とうなってみました。
「お客さま。心配はいりませんよ。まずはお試しいただいて、気に入られたらお金をはらっていただきます。まずはどんなものかご賞味下さい」
 帽子はそう言って、勝手に頭へのっかりました。驚いたハッピーは前足で外そうとしますが、なかなか思うようにいきません。
 そのうちにどこからかハワイアンミュージックが聞こえてきました。波の音にまじって子どもたちの笑い声がひびいてきます。浜辺でバーベキューをしているんでしょうか、肉の焼けるにおいもしてきました。
「暑いばかりじゃないでしょう」
 麦わら帽子に言われて、ハッピーはもうおこりません。おすわりをして、ヨダレをたらしています。その口に、よく焼けた肉が一切れ飛び込むと、飲みこむように食べました。そして、子どもたちの声にさそわれて、波打ち際まで行きました。思い切って飛び込むと犬かきで沖のブイまで泳ぎました。真っ青な空には入道雲が浮かんでいます。
 ハッピーは、すっかり夏が気にいりました。それを見計らってか帽子は頭から飛び下りました。
 急に現実に引きもどされたハッピーは、なんどもまばたきして首をふりました。それからふせをして、甘えるように麦わら帽子を見ました。
「いかがですか。ステキな夏でしょう。お望みでしたら、百円で十日間つづきを楽しんでいただけますよ」
 麦わら帽子が言いました。ハッピーは目を半分閉じて下を向きました。お金なんかもっていません。それでも、さっきの肉の味が口の中でツバをいっぱい出させます。耳のおくには、ハワイアンミュージックと波の音が海へとさそいます。
「きゅうう~。う~。くわん。きゅん」
 思いっきり甘えた声を出して見ました。それでもだめならと、犬小屋からテニスボールをくわえてきました。散歩のとちゅうでひろった宝ものです。
 麦わら帽子は、ちょっと縦長の旗をゆらしてから動き出して、また、呼び声を出しました。
「夏はいらんかねえ~。とびっきり上等の夏だよ~。犬もほしがる気持ちのいい夏だよ。大きいのも百円。小さい夏も百円。百円で十日間だよ。一日あたり十円だよ。早いものがち~」
麦わら帽子は、縦長の旗をゆらしながら遠ざかって行きます。ハッピーはクサリで首をひっぱられ二本足で立って、前足でおいでおいでするみたいにして鳴いています。麦わら帽子はだんだん遠ざかっていきます。
「ハッピーどうした。ちょっと待ってくれ。もう片付くから散歩に行こう」
 ステテコおじさんが頭をなでても、ハッピーはおいでおいでを続けています。
「めずらしいなあ。おまえがこんなにほえるなんて、なにが来たんだ」
 おじさんがハッピーの見ている方を向くと、小さく麦わら帽子の声が聞えました。
「なんだい、今日の客はしみったれだねえ」
 ステテコおじさんは、顔を上げて声のする方をながめました。
「こんなに活きのいい夏が十日間でたったの百円だよ~。気持ちよく買ったって言えないものかねえ。いやんなっちょうよ。夏はいらんかね~。とびきり上等の夏だよ。デパートで買ったら五百円はするよ~。お買い得まいちがいないよ~」
 どこかで、まだ売っているようです。だんだんいらいらした声になってきました。
「夏は売り物だぞ。スーパーの食品売り場じゃないんだから、試し食いばかりじゃ商売にならねえや。もう、今日は店じまいだ」
ステテコおじさんは一度海の家に入ると、ブタの貯金箱を持って現れました。
「買ったぞ。夏を買ったぞ。あるだけ買うぞ~。おうい。もどってきてくれ。夏がほしいんだ。とびっきりいきのいい夏が」
 おじさんは麦わら帽子の声に向かって大声で叫びます。それにあわせて、ハッピーがほえました。
 麦わら帽子はもどってくると、おじさんの目の前でホバリングしました。
「いらっしょいませ。これはお客様、大変失礼をいたしました。お急ぎでしたらすぐにでも、商品をご用意いたしますが」
 麦わら帽子は早口にしゃべりました。
「急いでるも何も、いますぐにここに夏を出してくれよ。十日で百円ってのは、安いじゃないか。この貯金箱がわしのお金ぜんぶだ。これで買えるだけ夏を分けてくれ」
 おじさんは貯金箱を地面に投げつけて割りました。百円玉や十円玉がいくつも転がりました。五百円玉も混じっているようです。何枚か百円玉をひろって麦わら帽子にのせました。
「はいありがとうございます。ではさっそく、料金分の夏をお届けいたします」
 空に大きな麦わら帽子があらわれて地上におりてきました。そして、海の家と近くの海をつつみました。
 帽子は巨大なドームになっているようです。中は夏の日差しが照りつけ、ん入道雲がのぼっています。風はポップコーンのにおいがします。
「わああ、夏だ。夏が帰ってきたぞー」
「ねえねえ、飛び込み台まで競争しようぜ」
 砂浜にはビーチパラソルがならんで、水着姿の大人や子どもの声がひびいています。
「売店ってまだやってのかなあ」
「もう、十月だもんなあ」
 そんな声が聞こえると、ステテコおじさんの目がかがやきました。
「いらっしゃいませ。ようこそ、海の家へ。十月だろうと十二月だろうと、海に暑い日差しがあるかぎり。お客様がお一人でもいらっしゃるかぎり、やっておりますよ」
 ステテコおじさんは大はしゃぎで焼きそばや、ホットドッグを焼き始めます。お客さんはあとからあとからやってきました。みんな海で泳いだり、浜辺で体をやいたりしています。ハッピーも特別にくさりをはずしてもらえました。
 十二月になると、砂浜においてある巨大スピーカーから流れるラジオからはクリスマスソングが流れます。遠くからやってくるお客さんの車には雪がのっていたりします。
「なんだか変だよなあ。ダウンジャケット脱いで、水着にかえるんだもんなあ」
「でもなんだか、すごいぜいたくな感じ。ハワイかグアムに来たみたい。これで日本なんだもんねえ」
 そんなお客さんたちの言葉が口から口へ伝わり、浜茶屋は地元のケーブルテレビでも取り上げられました。ステテコおじさんは、コチコチになってマイクの前でしゃべっています。
「こちら、浜茶屋のおじさんです」
 女性レポーターが紹介し、マイクを向けるとおじさんは真っ赤な顔になりました。
「はじめまして、常夏ビーチのおじさんです。クリスマスも、お正月も海ですごしてみませんか」
 おじさんは、前の日から用意していたセリフをメモを片手に読み上げました。
「うわあ、すてきですね。でも、ここはドームの中でもないのに、どうして冬でも暖かいのですか」
 レポーターはまわりを見回して不思議そうな顔をします。おじさんはちょっと自慢げな顔をしました。
「ここには、冬も秋も来ないのです。私の力で夏をつかまえたままにしてあります」
「なんだかよく分かりませんが、いい気持ちですよ~」
 リポーターがそう締めくくって、番組が終わるとまたお客がふえました。ステテコおじさんは、毎日毎日、休みなく働きました。
もともと浜茶屋は夏しか開かないので、暑い間は休まないんです。そういうくせって、なかなか抜けないものですね。
「ああかわいい」
 ハッピーは水着のおねえさんに抱きしめられて、ハンバーグのかけらをもらいました。これもお客の多い夏ならではです。
 ステテコおじさんは、もうかったお金で、夏を買い足していきました。十日百円なんですから、いくらでも買えます。クリスマスが来てもお正月が近づいても、カンカン照りの海です。
 最初はよろこんでいたハッピーもちょっとあきてきました。いい気になって走り続けても、日が長いのでなかなか夕方になりません。やっと夕方になっても、細長い西日が犬小屋の中まで照らしていくので、昼寝もゆっくりできません。
 毎日暑いばかりではからからに乾いてしまいそうです。
 ステテコおじさんも疲れがたまってきました。いつもの年なら、夏が終わればゆっくり休んでから次の夏の準備をします。ここでリフレッシュしていたのですが、今年はずーっと休みなしです。それも毎日大忙しで、朝から夜まで立ちっぱなしです。
 年末の大掃除は、大変でした。じっとしていても暑いのです。そんな中での大掃除ですから汗だくになりました。
「今年も一年がんばったよなあ」
 おじさんは浜茶屋のまえに寝そべったハッピーの背中をなでました。大晦日でも日が落ちるのは七時ごろです。水平線を真っ赤にそめて、その年最後の夕日が落ちていきます。店の入り口にたてた門松にはセミがとまって鳴いています。
「おじさん。明日は初日の出見てから、泳ぐんだけど、シャワーは何時から使えるの」
 海から上がってきたカップルが笑いながらききました。
「あっ。あのう。明日はお正月なんでお休みなんですが・・・」
 おじさんは小さな声でこたえました。
「ええ? なに言ってる? ありえない~。みんな楽しみにしてくるのよ。ここの海だけが、今でも夏なのよ。冗談じゃないわよ」
 カップルの女の子が大声で言うと、ほかの客たちも集まってきました。
「テレビで言ってたのはうそかよ。一年中泳げるって言うから、ここに来たのに、今さらスキー場の予約とれないぞ。どうしてくれるんだよ」
 ほかの客もおこっています。
「毎年。正月はゆっくりしてテレビを見てすごすんです。それに、シャワーがなくても、泳げるでしょう」
 おじさんはもう半なきです。
「いやよ。海に入って、かみも洗えない、塩も流せないなんてぜったいいや」
 女の子もヒステリックです。おじさんはとうとう押し切られて、正月も店を開くことにきめました。
紅白歌合戦もいつもはこたつの中で見たのに、今年はシャツにステテコのスタイルのまま、エアコンをかけていました。ミカンの代わりにかき氷です。除夜の鐘を聞いてやっとねついたと思ったら、すぐに朝が来て朝日といっしょに大勢のお客さんです。
焼きそばとかき氷はすぐに売り切れました。それでも、あとからあとから、客はやってきます。
「ええ? 売り切れ? ひどいなあ。たくさん用意しといてよね」 
 買えなかった客たちは毒づいて帰っていきます。駐車場は車でいっぱい、ほこりっぽくてたまりません。
「ふ~。もういいよ。夏はもういらない。ふつうの冬がほしいよ」
 お客さんが帰って行った後、ステテコおじさんがぽつりといいました。真っ赤な夕日が海を照らしています。ハッピーも「きゅう~」と鳴きました。
「なあ、ハッピー。おれはもう、がまんができん。ここから出て行くぞ」
 おじさんはハッピーに言うと、小さなバッグを一つ持って自転車に乗りました。ハッピーは散歩ひもで引かれて行きます。
 ステテコおじさんとハッピーの前に、茶色のかべがあらわれました。さっき海の家にいた海水浴客たちの車が何台かならんでいます。
「ハッピー。これで、やっと逃げられるぞ」
 おじさんの声がはずんできました。ハッピーも顔をあげて、シッポをちぎれそうにふっています。前にならんでいた車は、一台ずつゲートを通っていきます。すぐ前の車がゲートをくぐって行くとおじさんはふぅと息をはきました。このゲートをこえれば、いつも通りの冬のはずです。
 ところが、おじさんが自転車のペダルを踏もうとしたところで、ゲートが下がりました。
「なんとかしてくれー。もう夏はいらんよ~」
 ステテコおじさんがさけびました。
「これはこれは、夏をお求めいただいたお客様ですね。いかがですか? とびきりの夏は」
 麦わら帽子はちょっとわらっているようです。。
「あのなあ、ほんとに楽しかった。ハッピーもよろこんでおる。だがなあ、暑すぎる。それに、冬はやっぱり寒くないと、感じがでんしなあ。第一わしは、今まで冬はゆっくりしておったのに、今年は正月も休めんのだ。
もう、夏はいらんのだがなあ。すまんが、返品できんかね」
 ステテコおじさんが言うと、ハッピーもきゅううんと声をあげました。
「そんなむちゃ言われても困りますよ。お客さん。ぼくはねえ、ちゃんと説明して夏を届けました。不良品なら交換しますけど、お客さんの都合で返品はできません」
 麦わら帽子の声がひびきました。
最初に夏を売りに来たときとは、ぜんぜん違う冷たい言い方でした。
「いや、あのう。お金は返してくれんでもいいんだが」
 ステテコおじさんはちょっと弱気になってきました。
「だめです。お金の問題じゃありません。この前お届けした夏は、あと、二年ほど続きます」
 麦わら帽子の声はそれきり聞えません。
「あと二年だと、わしゃあいったいどうなるんだ」
 ステテコおじさんはなみだ声です。仕方なく海の家にもどりました。ハッピーもぐったりして海をながめています。そのときです。
「冬はいらんかね~。とびきりいつもどおりの冬はいらんかね~。ギリギリ照りつける夏を飲み込んでも、まだまだ寒い、とびっきりいつもどおりの冬はいらんかね~」
 空からサンタクロースがかぶっている帽子がおりてきました。でも、声は確かに麦わら帽子と同じです。海の上にホバリングしています。
「お客様がた、大変お待たせいたしました。一度お売りした季節をもどすことはできませんが、新しく冬を買っていただければ心配ありません」 
「わ~。待っていたぞー。冬を冬をくれ~。とびっきりいつも通りの冬をくれ~」
 ステテコおじさんは叫びました。
「まいどありがとうございます」
サンタの帽子が近づいて来ました。
「早くしてくれ~」
 ステテコおじさんが大声で呼びました。
「申しわけありませんが、今回は先にお金をいただきます」
 サンタの帽子は言いました。
「いくらでも出すぞ。あれからなあ、浜茶屋は大繁盛だった。毎日、すごいお客さんだったからな」
 ステテコおじさんは膝ぐらいまで海に入っていきました。
「そうですか。そんなら安心して請求できます。二年の夏を消すためには、二年分冬が必要ですからねえ。十万円です」
 三角帽子はさらっと答えました。ステテコおじさんはひっくり返りそうになりましたが、ぐっとこらえて財布に手をのばしました。
「高いがしょうがない。ほれ、ここに十万円ある。すぐに二年分の冬をくれ」
 ステテコおじさんが泣きそうな声で言うと、三角帽子は首をふるようにゆれました。
「お客さん。かんちがいしちゃあいけません。十万円は二年分じゃありません。一日分です。二年分ですと、七千三百万円に消費税となります。すぐに払っていただけないならこの話はなかったことにしましょう。それでは、さようなら」
 サンタの帽子は空をとんで沖へきえて行きました。
 ハッピーがきゅーんと鳴きました。。
「ちょっと待ってくれ~」
 ステテコおじさんは、やけた砂浜にどたんとたおれました。




Posted by ひらひらヒーラーズ at 07:50│Comments(0)
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